聖女、仕事を依頼される

 月明かりの照らす静かな墓地。

 聖職者衣装に身を包んだ俺と、戦闘用メイド服のノワール──二人が中央付近に足を踏み入れた時、湧きだした邪気が集まって形を作った。

 合計五つの小柄な影。

 不気味でありつつも、どこかコミカルにも見えるファンタジー定番の雑魚敵、ゴブリン達はその手に思い思いの得物を持って俺達を睨みつけてくる。


 そして、彼らが襲い掛かってくる直前、


「《聖光ホーリーライト》!」

「───ッ!」


 俺の神聖魔法が一体を焼き、ノワールの手にした二丁の拳銃が一体の身体へ立て続けに銃弾を叩き込んだ。

 あっという間に五分の二の戦力を失った敵は慌てて動きだす。

 そんな中、俺とノワールは背中を合わせて微笑みあった。


「この程度の敵なら造作もありませんね」

「はいっ」


 全ての敵が掃討されるまでには三分とかからなかった。

 返り血もなければダメージもなし。落ちた武器を拾って回収する余裕すらあった。


「お疲れ様です、ノワールさん」

「アリスさまも。見事な手際でした」


 思えば俺も慣れたものである。

 あの不死鳥戦やシュヴァルツ戦が良かったのだろう。あれに比べたら並の戦闘なんて怖く無い。墓地でのバイトはもうすっかり、SLGにおける経験値稼ぎのフリー戦闘のような印象になってしまっている。

 のんびり歩いて入り口まで戻ってくると、念のため待機していた他のメンバー達が出迎えてくれた。


「その様子だと上手くいったようだな」


 にやりと笑う教授にノワールが穏やかに頷いて答える。


「はい。数は五。近接武器のみで、動きも単調。脅威度は最低でしたが──」

「あの時の人形一体一体よりは強かろう。それに、今回は戦利品よりも実験の方が本命だからな」


 教授の言う実験は、結論から言えば成功だった。







「アリスちゃんの聖職者パワーはバイトにも役に立つんだねー」


 帰りの車の中でシルビアがしみじみと口にする。

 墓地の前でただ待たされていたせいか、その口調はやや眠そうだ。夜更かしは慣れているはずだが、しょっちゅうしているからこそ寝不足だというのもある。

 戦わずに済んだからか、チャイナ服姿の朱華は余裕の表情で笑って、


「これなら緊急時の小遣い稼ぎにはちょうど良さそうね」


 ぽんぽん、と俺の金髪を軽く叩いてくる。

 彼女に限った話ではないが、みんな俺の頬や髪を弄び過ぎではないだろうか。まあ、痛くはないし、むしろ気持ちいいからいいのだが。


「うむ。1アリス=2吾輩という説が実証されたな」


 要は俺だと他のメンバー二人分の邪気収集効果があるということだ。

 教授達は三人集まらないとバイトにならなかったところ、俺を交ぜれば二人でいい。ちなみにあの後、俺一人で墓地に入って実験してみたが、さすがに敵は現れなかった。

 なので、正確に1俺=2教授かどうかはともかく、だいたいそのくらいの効果であることがわかる。

 土日を使って土曜に教授、シルビア、朱華、日曜に俺とノワールがバイトをこなせば、ほんの短時間の拘束で万単位のお金が稼げる。

 財布がピンチになってきた時には確かに嬉しいかもしれない。


「でも、朱華さん。そんなに買い物する予定があるんですか?」

「甘いわねアリス。ある日突然パソコンが壊れて十万以上飛んでいく、とか普通にあるのよ?」

「修理に出せばいいじゃないですか」

「いや、症状にもよるけど、パソコンの修理代って結構かかるのよ。それに直している間はパソコン使えないわけだし、データ消えて返ってくる場合が多いし。じゃあ買い替えちゃった方が得じゃない?」


 確かに、剣道の竹刀とかだったら型落ちとかそうそうないが、機械だからな。どんどん新しいのが出てくるわけで、修理代の二倍か三倍出したら新型に買い替えられるとなったらそっちの方がいいかもしれない。

 これがゲーム機だとまた別なんだけどな。新型のハードで今までのソフトが使えるとは限らないから。

 と、朱華はさらに胸を張って、


「最近はエロゲもDL販売の時代だしね。突発的なセールで衝動買いしちゃったりとかよくあるし」

「そんなに買って遊びきれるんですか?」

「全然。だからついつい夜更かししちゃうわけよ」


 パッケージ購入だと積んでるうちにどっか行ったりしそうだが、ダウンロード版の購入なら遊び始めるまでDLしなければいいわけで。朱華みたいなヘビーユーザーはカモである。

 というか、他のメンバーがいるところでエロゲの話するのは微妙に恥ずかしいんだが。

 特にノワールの前では──。


「朱華さまがよく遊ばれているゲームは、そんなに面白いのですか?」

「あれ、ノワールさん、前に薦めた時は興味持ってくれなかったのに。やってみる? メイドものもいっぱいあるわよ?」

「メイドが出てくるお話があるのですか!?」

「朱華さん。それは神様が許しても私が許しませんからね?」


 あろうことかノワールにエロゲを薦めるとか、罪深いにも程がある。

 しかし紅髪の美少女は「心外だ」という風に肩を竦めて。


「いいじゃない。ノワールさんだって大人なんだから、エロゲやったくらいでなんともならないってば。ねえシルビアさん?」

「そうだねー。せっかくだから私もやってみようかな。金髪の妹キャラがメインのゲームある?」

「ふふん、それもいっぱいあるわよ」

「……いえ、まあ、シルビアさんは別にいいですけど」

「ちょっ!? アリスちゃんが冷たいよー!?」


 いや、だって、泣くフリをしながら抱きついてきてるあたり、そういうの大好きっぽいし。


「ノワールさん。メイドが出てくる話は確かにたくさんありますが、ほとんどは『自分がメイドになる話』じゃなくて『メイドを弄ぶご主人様の話』のはずですよ?」


 俺自身はやったことがないが、朱華からの話や男子高校生時代に聞いたエロ話から総合するとそのはずだ。この手のゲームは基本的に男向けなので必然的にそうなる。


「なんだ、そうなのですね……」


 案の定、ノワールが求めていたのはメイド同士が緩くいちゃいちゃするような話だったようで、わくわくしていた顔がわかりやすくしょんぼりした。

 勝った。

 俺としては被害を食い止めたといった気分だったのだが、朱華としては不服だったようで、ジト目で睨まれてしまう。


「もうちょっとでノワールさんを口説けそうだったのに」

「私が十八歳になったら付き合いますから我慢してください」

「我慢する時間が長すぎでしょいくらなんでも。まあ、十八になったらアリスにもやらせるけど。でもメイドものはやらせないけど」

「どういうことですか」


 なんとも不思議な条件の付け方であった。


「全くお主らは……」


 教授が苦笑と共にため息をついて、何かを思い出したのか「おお」と言った。


「そういえば、アリスよ。お上がお主と話したいことがあるらしい。暇な時に電話して欲しいと言っていたぞ」

「私に話、ですか」


 いったいなんの話なのか、正直見当もつかない。

 政府が個人に話を持ってくるというと、ノワールが犯罪組織を壊滅させた件を思い出すが、


「私はノワールさんみたいに裏組織に潜入したりできませんよ?」

「さあな。そこは吾輩に言われてもわからん。宗教研究家に異世界の宗教について語ってくれ、とか言うのかもしれんし、とりあえず聞いてみればよい」

「そうですね。わかりました。明日にでも電話してみます」







 バイトに出かけたのが土曜の夜だったので、次の日は日曜日。

 お役所仕事ということは電話しても誰も出ないかと思いきや、指定された番号にかけるとちゃんと繋がった。


『わざわざお電話いただきありがとうございます。いつも大変な仕事をこなしていただいて申し訳ありません。シェアハウスの皆さんとも変わりありませんか』

「い、いえいえ。そんな。はい。なんとかやっています」


 形式ばった挨拶と畏まった口調に恐縮しつつ受け答えをした後、相手はようやく本題を切り出してきた。


『実を言いますと、アリシアさんに依頼したい仕事がありまして』

「仕事?」


 自室のベッドに腰かけ、クッションを抱いた状態で首を傾げる。

 俺のベッドに寝そべってノートPCでエロゲをしていた朱華が顔を上げ、こっちを見た。どんな仕事よ、とばかりにつんつんしてくるので軽く叩いて止める。


『はい。我々としては皆さんに、通常のアルバイトとは別に、各々の特殊技能を生かしたお仕事の依頼を行うことがあるのですが、これもその一環でして』

「私には大したことはできませんが……」


 これがノワールなら料理でも銃の扱いでも裏社会の知識でもプロ級だし、シルビアにも製薬、朱華だってゲーム会社のモニターとかで役に立てるだろうが──。


『いえいえ。アリシアさんも立派な特殊技能をお持ちです。今回はそれを是非、人助けのために役立てていただけないかと思っておりまして』

「人助け、ですか」


 心地いい言葉だ。

 人を助けると言われて嫌な気分になる人は少ないだろう。もちろん、誰かを助けるために心臓くれ、とか言われたら躊躇してしまうが、労力を割く程度で人助けになってお金も貰えるなら万々歳と言っていい。

 朱華にくいくいと服の裾を引っ張られる。微妙に邪魔だ。別にエロゲをやっていてくれて構わないのだが。


『はい。例えば、この日本で毎日どのくらいの負傷者、重傷者が発生しているかご存じですか?』

「いえ、詳しくは」


 まあ、十人二十人じゃ済まないんだろうな、という気はする。

 敢えて言わなかったんだろうが、死ぬ人だって少なくない数いるはずだ。


『ご想像の通り、気の遠くなるような人数です。中には手や足が二度と使えなくなるような怪我を負うケースもあります。未来ある少年や重要な地位に就いている方が、怪我を理由に道を閉ざされることもあります』

「……悲しいですね」


 ここまで言われれば、さすがに俺にも話の筋がわかった。


『是非、アリシアさんの力で治していただきたい方がいるのです。もちろん報酬は弾みますので、受けて頂けないでしょうか?』


 担当者の声は落ち着いていて、口調も丁寧だった。

 内容も人助けだ。


「も──」


 もちろんやります、と即答しようとして、俺は、俺の服を掴んだままこっちを見ている朱華を振り返った。


「考えさせてもらってもいいですか?」

『……かしこまりました。ですが、可能でしたらお早めにお返事をお願いします。早ければ早いほどいいかと思いますので』

「はい。なるべく早くお返事します」


 答えてから通話を切る。

 スマホを下ろし、俺はため息を吐いた。別に受けてしまっていい案件だと思うんだが、なんとなく、そのまま「はい」と言いづらくなってしまった。

 原因である紅髪の少女をジト目で見つめる。


「なんですか、朱華さん」

「なにってわけじゃないけど、気になるじゃない。あいつらがわざわざ個人に頼んでくる時って大抵厄介ごとだし」


 髪と同じく紅の瞳は真っすぐに俺を見返してくる。


「別に変な話じゃないです。魔法で人を治してくれって。人助けですよ」

「人助けねえ」


 朱華はエロゲを終了すると、ごろん、と仰向けに寝転がって、


「政治家のおっさんを二束三文で治してくれ、とかそういう話でしょ?」

「そこまで詳しくは聞きませんでしたけど……」

「聞きなさいよ。そこ重要でしょうが」


 頬を引っ張られそうになったのでさっと避ける。


「なんか最近、妙にわたしに冷たくありません?」

「んなことないわよ。あたしは今、当たり前のことを言ってるだけだし」

「心配しなくてもエロゲみたいな展開にはなりませんよ」


 日本の警察は優秀だし、現実にはフィクションのような都合のいい薬は存在しない。

 人助けだと思って行ったら拉致監禁されて弄ばれて──なんていう事態にはならない。

 すると朱華は鋭い視線を和らげて「あたしもそこまでは思ってないわよ」と呟いた。


「……人助け、朱華さんは反対なんですか?」

「んなこと言ってないでしょ?」


 髪をくしゃくしゃと撫でられる。


「心配なのはあんたのことよ。せめて誰のどんな怪我を治すのか、報酬はいくらなのかくらいはちゃんと聞きなさい。で、安く買い叩かれそうだったらちゃんと請求しなさい」

「別にお金には困ってませんし、ある程度の額が貰えれば十分なんですが」

「あんたね、それ絶対に駄目だから」

「そこまで言わなくても……」


 憮然とした顔になってしまう俺。

 すると朱華は「じゃあ、みんなにも聞いてみましょうか」と言って他のメンバーにアンケートを取った。

 結果はというと、


「アリスちゃん、お金はちゃんと貰わないと駄目だよー」

「私自身のことなら安い報酬でも気にしませんが……アリスさまの労働の対価となれば話は別です」

「貰えるだけ貰っておけ。向こうが出せるギリギリまでふんだくって問題ない」


 なんというか、朱華の圧倒的な勝利だった。

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