第三章

聖女、期待される

 九月下旬、某日。


 四時限目、週に一度のLHRの時間は二学期の一大イベント、文化祭の出し物を決めることになった。

 担任の先生は授業時間になるなり学級委員に仕切りを任せ、教室の隅で見学モードに入ってしまう。その一方で、教室内には妙な熱気が発生した。

 なんでみんな、そんなに気合いが入ってるんだ。

 俺ことアリシア・ブライトネスは自分の席にちょこんと腰かけたまま、クラスメート達の様子に若干引いてしまった。


 いや、もちろん俺だって楽しみにはしていた。

 二学期になってから教室内でも文化祭の話題がよく出るようになったし、ここ数日はグループ間でもあれがいいこれがいい、としきりに話されていた。

 とはいえ、クラスのほぼ全員が目をきらきらさせてやる気満々とは。

 文化祭なんてやる気なのは一部だけで、残りは「面倒くさい」「部活の方の出し物あるからパス」「シフト楽な出し物にしようぜー」っていうテンションなのが普通だと思ってた。

 まあ、そういうやる気ない勢は多くが男子だったり、あまり行儀のよくない女子だったりしたので、お嬢様学校に近いこの女子校だとこうなるのも当然か。


 しかし、みんながやる気となると話し合い、結構長引くんじゃないか……?


 幸い(?)四限目なので、その気になれば昼休みを削るという延長手段はあるのだが、ぶっちゃけそれは最後の手段である。

 放課後に居残りするのとどっちがいいか、と聞かれると微妙なところ。用事のない俺なんかは放課後の方がいいが、部活のある子にとっては昼休み削ってでも放課後はパスしたいだろう。


 一応、俺も何がしたいかは考えてきたんだが──。


「では、まずはざっと意見を出してしまいましょうか」


 クラス委員の子は壇上に立つとそう宣言。

 ブレインストーミングに近い要領で、アイデアに関する否定意見はひとまず禁止。とにかく枯れるまで意見を出し続けろという方針らしい。

 誰かの案に「えー、やだー」とか言い始めると長くなるし喧嘩になるから、いい方法かもしれない。

 うんうんと頷いていると、


「アリシアさん。ひとつ目のアイデアをどうぞ」

「え。わ、私ですか?」

「はい。他の意見が多いと遠慮しそうなので先に聞こうかと」


 何故わかった。

 驚きつつ、そういうことならと「時代劇のコスプレ体験はどうでしょう」と提案すると、クラス内に小さな笑いが起きた。

 クラス委員の子には「本当にやりたいんですか?」と聞かれた。ブレストじゃなかったのか。いや、ウケ狙いに走ったのは事実だけど。


「では、次に朱華さんどうぞ」


 指名された朱華は間髪入れずに答えた。


「メイド喫茶とか」


 これほど「ですよねー」と言いたくなる回答があるだろうか。

 しかし、あれはメイドの格好してる女子を男子が楽しむものじゃないのか? 女子受けは低そうな気がするんだが……。

 と、思っていたら一人の少女が挙手。

 学校内では猫を被りまくっている友人、里梨さとなし芽愛めいだ。


「里梨さん、どうぞ」

「飲食系なら、手作りのお菓子くらいは提供できます」


 クラス内がざわついた。

 芽愛の家がレストランを経営しており、芽愛自身も料理上手であることは周知の事実。そんな彼女がお菓子を提供してくれるとなれば、他にはないアドバンテージになる。

 あと、単純にそのお菓子が食べたいっていう生徒もいるだろう。


「はい」

「どうぞ、安芸さん」


 ここで更に、友人の安芸あき縫子ほうこが手を挙げ、


「衣装のデザインならできますし、生地の調達も伝手があります」


 また、教室内がざわっとした。

 結構手間のかかる衣装作りを主導してくれる上にコストも抑えられるのはなかなか魅力的だ。

 そして、トドメに、


「はい」

「はい、緋桜さん」

「衣装のサンプルとして実物のメイド服を提供できます。選抜メンバーを我が家の使用人に直接指導してもらうこともできるかと」


 なんと、我らがグループのリーダー、緋桜ひおう鈴香すずかまでノリノリだった。

 中庭での昼食ではあまり文化祭の具体的な話は出ていなかったのだが──もしかして三人とも共謀していたのだろうか。何故か朱華まで加わっているのが微妙に解せないが。


 ……これ、殆ど決まったようなもんだろ。


 俺は半眼になりながら、クラス委員が「アリスさんのメイド服姿」と呟くのを聞き流した。

 対抗して「うちにもメイドさんならいますし、なんならお菓子作りも手伝います」とか言いたくなったが、火に油を注ぐだけなので止めておく。


 結果。

 一応、他にも色々な案が出たものの、決戦投票においてはメイド喫茶が圧倒的な票数を獲得、見事、昼休みを削ることもなく出し物が決定したのだった。






「いやー、これ、売り上げ一位取れるんじゃない?」


 帰り道、朱華はえらく上機嫌だった。

 文化祭の出し物がメイド喫茶になったのが嬉しくて仕方ないらしい。

 ちなみに、全出し物の中で一位に選ばれた場合、表彰される他、ちょっとした記念品が貰える。せいぜい校章入りの使い捨て万年筆とかその程度だが、朱華によれば「これがちょっとした値段で売れるらしいのよ」とのこと。売った奴がいるのか……?

 なんとなく反論したくなった俺は首を傾げて、


「難しいんじゃないですか? 料理部も毎年喫茶店だって聞きましたし」


 普段部室として使っている場所は該当の部に優先的な使用権が与えられる。

 家庭科室が使える料理部は部屋の広さと加熱調理可能という圧倒的なアドバンテージをもって、他のグループの喫茶店を蹂躙しているそうだ。

 すると朱華はにやりと笑って、


「だから、それを巻き返したら面白いんじゃない」


 なるほど、もしかして芽愛が飲食系をやりたがったのも、不利な立場から一位を取って料理部相手に勝ち誇りたい、みたいなのがあるのかもしれない。


「だからってメイド喫茶ですか」

「なによ、嫌なの?」

「嫌なわけじゃないですけど、恥ずかしいじゃないですか」


 フリフリの可愛い服を着て「お帰りなさいませ、ご主人様」とかやるのだ。

 不特定多数相手にそんな真似するのはもはや罰ゲームだと思う。五年後くらいに思い出してジタバタする羽目になっても知らないぞ、と。

 すると俺の頬がぷに、と突かれて、


「コスプレなら何度もしてるじゃない、あんた」

「……言われてみれば」

「メイド喫茶なんてノワールさん絶対喜ぶわよ。なんならあんたの衣装だけ本格的なの用意してくれるかも」

「いえ、むしろもうありますけど」


 目を輝かせて張り切るノワールの姿が目に浮かぶようだった。

 お姉ちゃん呼びを求められるのはもう勘弁して欲しいが、あの人が喜んでくれるのは嬉しい。

 それに、


「まあ、料理したり接客したりっていうのはきっといい経験ですよね」

「将来バイトするにあたって?」

「はい。今のところ、普通のバイトするほど切羽詰まってはいませんけど」


 普通じゃないバイトで滅茶苦茶稼げてるからだ。

 シュヴァルツ戦の収入が大きかったのもあって、夏休みにかなり散財したにも関わらず貯金はむしろ増えている。

 なので、普通のバイトをするとしたら社会勉強の意味が強くなりそうだ。

 今のところ興味あるのは料理とファッションだから、そういう意味ではメイド喫茶というのは案外アリなのかもしれない。バイトするなら接客業は切り離せないだろうし。

 すると、ぽん、と頭に手が置かれて、


「とりあえず、文化祭ではアリスに稼いでもらわないとね」

「いえ、私くらいで客寄せにはならないと……。っていうか朱華さんも十分目玉じゃないですか」

「金髪美少女のメイドさんとかド定番、理想像の一つじゃない。対抗するにはシルビアさんでも連れて来ないと無理でしょ」


 それはまあ、銀髪巨乳メイドなんかに参戦されたら馬鹿みたいに客寄せになるのは確定だろう。

 そういう朱華だってツンデレ系とかのキャラで売れば割と定番なのだが、


「あたしとあんたが交代でシフトに入れば話題になるでしょ?」

「なるほど。そうすれば確実に休憩時間も取れますね。……あれ、でもそれだと朱華さんとは絶対、文化祭回れないですね?」

「あんた他の友達とも回るでしょ? そんな時間あるわけ?」

「……怪しい気がしてきました」


 まあ、鈴香たちはそれぞれがっつり出し物に関わるつもりのようなので、そもそも彼女たちも自由時間がそんなにあるか、という話ではあるが。

 もし、ノワールや教授が来るのであればそっちも案内したいし、なかなか忙しそうだ。


「あんたは当日忙しいから準備は免除らしいけど、どうすんの?」

「手伝いますよ。芽愛さんと料理する約束にちょうどいいですし、服飾も興味があるので安芸さんの仕事ぶりを見学させてもらおうかと」


 鈴香の家でメイドさんから講習を受けるというのも少し憧れる。

 メイドさんなら俺にはノワールがいるが、本格的なお屋敷で作業をすると気が引き締まるのではあるまいか。

 すると朱華は楽しそうに笑った。


「めちゃくちゃ忙しくなりそうじゃない、アリス」

「……言われてみれば!?」


 自主的に全方面から手伝おうとしている自分に今更ながら愕然とする俺だった。







 文化祭の出し物がメイド喫茶になった、と報告したところ、案の定ノワールは大喜びだった。


『では、今のうちにアリスさま用の衣装を注文──』

『待ってくださいノワールさん。衣装はみんなで作りますから。自前のを持って行くとしても、今あるのを使いますから』


 一人だけガチの奴を使ったら目立ちそうだが、だからこそ宣伝になる気もする。

 ノワールは新しいメイド服を注文できないことに若干不満そうにしつつもなんとか理解してくれて、


『では、アリスさま。どちらのメイド服をお使いになるのですか?』

『え、それは普通の方じゃないかと。……あ、でも、せっかくだからシスターメイド服もいいですよね。どうせ十字架は身に着けてるわけですし』


 俺と言えばあれ、というイメージはクラス内にも定着しつつあるので、シスター風のメイド服があるならそれを持ってこい、と言われそうな気がする。

 悩ましいところだとノワールともども考えていると、教授に笑われた。


『お主、だいぶノワールの趣味に染められとるな』

『……そういえばそんな気も?』

『教授さま。アリスさまが我に返ってしまったではありませんか』

『ノワールさん、狙ってやってたんですか!?』


 優しいお姉さんのまさかの洗脳行為に愕然とした。

 と、そんなやりとりがあった後、






「ところでアリスちゃん、今週末とかって暇?」

「? はい、暇ですけど?」


 シルビアからの問いかけに素直に答える。

 文化祭関連の用事が入ってくる可能性はあるし、習慣になっているトレーニングとか、ノワールに料理を教えてもらうとかしたいことは色々あるが、直近でやらないといけないことは特にない。

 前は「暇」と言えばガチで暇な状態、家でごろごろするかゲームするだけ、という感じだったのだが、変われば変わるものである。

 これに銀髪の薬師はよしよしと頷いて、


「じゃあさ、ちょっと実験に付き合ってよ」

「実験?」

「この間、シュヴァルツとの会話で思いついたやつだ」


 と、教授に言われて思い出す。

 俺がいる場合といない場合でモンスター出現率や強さ等に違いがあるかどうか調査したい、というやつである。

 そのうちやるんだろうとは思ってたんだが、意外と早かった。


「構いませんけど、またどうして?」

「だって、少人数でパーティ組めればバイト増やせるじゃない」

「なるほど」


 思えば、俺がいない状態でもバイトは普通にこなせていたわけで。

 一人か二人くらい欠けた状態で安定して成功できるならローテーションが可能だ。毎週バイトを入れてもあんまり負担にはならないかもしれない。


「ちなみに、私が来る前は最低何人でやってたんですか?」

「三人だな」

「二人だと敵が出てこないんだよね、どういうわけか」


 下限人数があるとか、ゲームのクエストみたいだ。

 実際には「邪気」が反応するだけの力を集めるのにそれだけの人数が必要、っていうことなんだろうけど。


「だから、アリスちゃんを入れた状態だと何人で反応するか見てみたいんだ」


 俺がいれば二人パーティでも反応する可能性があると……?

 まあ、いつもの墓地なら正直二人でも危険はないだろうが。二人パーティの可能性を模索するとか、シルビア達は週一どころか週二のバイト実施を考えているのか。

 微妙に渋い顔になった俺を見て、ノワールが微笑み、


「ご安心くださいませ、アリスさま。アリスさまはわたしが必ずお守りします」

「ありがとうございます、ノワールさん。それなら頑張ってみます」

「ちょっとアリス。あんた、ノワールさんだけ信用しすぎじゃない?」


 いや、だって唯一の前衛だし。

 と、当たり前の回答をしようとした俺は思い留まって、


「人格的にも一番信用できますし」

「……へー」


 むっとした朱華に思いっきり頬をつねられた。

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