聖女、手伝う

 次の日登校すると、俺の顔を見るなりクラスメートが集まってきた。


「アリスちゃん、風邪大丈夫だった?」

「もう平気なんだよね?」

「はい。ご心配おかけしました。今日からまた頑張ります」


 すると、みんながほっとした顔をする。

 さすがに心配しすぎだと思うんだが。


「あんたが当日来れなくなったら誰かが看板娘やらないといけないじゃない?」


 朱華の声に、何人かがさっと視線を逸らした。


「ほら。責任重大よ、アリス」

「文化祭が終わるまで、この金髪を貸し出したい気分です……」


 ヅラだったら貸せるんだが。

 俺の髪がかぱっと外れるのを想像したのか、みんなから「イメージ崩れるからやめて」と真顔で言われた。






「ところで、アリスさん。衣装は完成しているそうですが」

「はい。ばっちりできました」


 クリーニングから戻ってきたシスターメイド服と一緒に、自作したメイド服も持参してきた。

 朝のHR前の賑やかな時間に自分の席の前で広げて見せると、周囲のクラスメートから歓声が上がった。

 検分した縫子も深く頷いて、


「問題なさそうですね。お疲れ様でした」

「アリスちゃん、忙しそうにしてたのにもう完成してるなんて」

「そのために夜更かしして風邪引いたんじゃ……?」


 噂話が妙な方向に行っている気がする。

 しかし、寝込んだ原因が「前日の夜更かし→土曜日中のお菓子作り→土曜夜のバイト」のコンボにあるのは確かなので、気軽に「違います」とも言いづらい。

 と、少し離れた場所で芽愛が呟くのが聞こえた。


「食べ過ぎでお腹壊したわけでもなかったんだ。良かった」


 それだけは断じて違う。

 広まってもらっては困るので、芽愛には昼食の時間に「絶対違いますから」としっかり言い含めておいた。






 土日月と三日挟んだだけなのに久しぶりな気がする授業をこなし、あっという間に放課後。

 衣装作りが終わり、大きなバイトも済ませたことで俺のスケジュールもだいぶ楽になっている。今日はゆっくりしても大丈夫だから……と、鞄を持たず教室内を見渡してみると、帰りのHRが終わったというのに真剣な顔で座りこんだままの生徒が何人もいた。

 まるで、帰れると思った直後にボスと出くわした俺達みたいな顔なのだが。


「では、衣装作りの続きをしましょうか」


 淡々と、どころか若干楽しそうに宣言した縫子を見て、ああ、と納得した。


「アリスちゃん、助けて……」

安芸あきさんが鬼教官すぎるのー……」


 お通夜みたいな顔をしているのはみんな衣装作り班の子達だ。晴れやかな表情をしている子もいるが、彼女達は既に作り終えたのだろう。

 当日接客担当の子に限って自分の分が終わってないような気がするのは……まあ、他人の分の製作を買って出るような裏方の子はそりゃ裁縫得意だよな、ってところか。

 しかし、


「安芸さん、意地悪は駄目ですよ?」

「意地悪なんてしていません。ただ真剣に、いい衣装を作りたいだけです」


 ちらりと芽愛や鈴香の方を見ると、彼女達はどこか遠い目をしていた。こうなった縫子は止められない、ということだろう。

 結局、芽愛とのお菓子作りも楽しく終えた俺としては縫子もそんなに厳しいわけではないんじゃ? と思うのだが、慣れていない人には辛いのかもしれない。


「私も慣れてる方に教わりながらだったので、どこまでお手伝いできるかわかりませんが……」

「手伝ってくれるの!?」

「は、はい」


 がばっと腕に抱きつかれた。

 同性同士だとちょっとしたことで身体が触れ合うのは男の時もあったのに、女子が妙に可愛いのはなんなんだろうか。

 男同士の場合は「ばんばん肩を叩かれる」とか「腕でぐいっと首ごと引っ張られる」とかだからかもしれないが。

 俺はノワールに「文化祭の準備で居残りします」とメッセージを送り、「私も帰って準備しますね」という芽愛に手を振ってから、衣装作りの手伝いに入った。


 鈴香は鈴香で裏方の子達といろいろ話し合いをしていて、教室はわいわいとした雰囲気が長く続いた。


「そういえば、アリスちゃん。当日の衣装も持ってきたんだよね?」

「一回見ておきたいなー」

「あ、私も見たい!」


 作業が終わらないと嘆いていた子達もさすがに手つかずで放っておいたわけではなく、むしろ思ったよりは進んでいた。

 俺は横で眺めながらアドバイスをする程度だったのだが、それでもお手伝いがいるのといないのとでは違うのか、みんな少しずつ前に進んでいく。

 俺の衣装の話が出たのは、そんな作業ペースがだんだん落ちてきて、今日はそろそろ終わりか? という雰囲気が出始めた頃のことだった。


「そういえば、まだ着てないんでしたっけ」


 鈴香と芽愛には直接見せたし、縫子も写真を見ているので失念していた。


「じゃあ、少しだけ」

「やった!」


 歓声を上げるクラスメートをよそに、俺はシスターメイド服を取り出して制服に手をかける。

 どうせ女子校だし、生徒の数自体も減っているし、更衣室に行く必要もないだろう。窓の傍に立たないようにだけ気をつけてさっさと下着姿になり、代わりに衣装を纏っていく。

 学校でこれを着るというので不思議な感覚はあるが。


 ……そういえば、文化祭が終わるまでのお祈りはどうしようか。


 聖職者衣装が駄目になったのが誤算だった。

 まあ、できるだけ白っぽいパジャマとかでお茶を濁すしかないか。衣装がどんな状態でもお祈りしないよりはいいだろうし、何より俺自身がお祈りしないと落ち着かなくなってきている。

 衣装を身に着けるにつれて気分がバイトモードというか、芯の部分で妙に落ち着いた状態になっていくのを感じながら、髪を衣装の中から取り出して撫でつけるように整え、普段は制服の下で眠っているロザリオも表へと出してやる。

 襟や袖、スカートの形も丁寧に整えたら完成である。

 欲を言えば先にシャワーを浴びたかったが、


「あの、どうでしょうか……?」

「………」


 静寂。

 なんか前にもこんなことがあったような、と思った途端に、


「可愛い!」

「綺麗!」


 残っていたクラスメートが一斉に言い出した。


「さすがアリスちゃん、なんか本物のシスターみたい」

「着替えてる最中、声かけづらかったよー」

「アリスちゃんの髪とすっごく合うね」


 良かった。幸い、クラスメートにも好評のようだ。


「これは絶対話題になるでしょ」

「本当に一位取れちゃうかも?」


 さすがにそれは言い過ぎだと思うが……まあ、俺だけじゃなくて朱華もいるわけだし。芽愛だって本人は謙遜しているが、実際は十分すぎるほどに可愛い。更にはその芽愛が丹精込めて手作りしたお菓子まであるのだ。一位を取れてもなにも不思議はない。

 むしろそのくらい売り上げて、芽愛の試作品製作費用を補填して、余ったお金でファミレスか何かを貸し切れたら最高ではなかろうか。


「当日は頑張って接客しますね」


 意気込んだ俺の横で、かしゃかしゃと何度かシャッター音が響いた。


「生で見るとまた格別ですね」


 気づいたら縫子がスマホで写真を撮っていた。いや、別にいいけど。減るものじゃないし。でもネットに上げたりするのだけは勘弁して欲しい。







 そこからはもうあっという間だった。

 毎日物資が運び込まれ、会話が文化祭一色になっていき、衣装班が救われた表情になっていくのと対照的に、装飾担当の生徒達が作業を本格化させていった。

 休み時間になる度に何かを描いたり、作ったりする姿が見受けられ、俺も暇を見計らって手伝った。


 文化祭前日はまる一日使っての準備日。

 朝のHRからの一時間はクラスごとに決められた分担に従っての大掃除。自分達の教室の他に特別教室や空き教室なども掃除し、出し物で使用するクラスに明け渡す。

 掃除の時間が終われば、待ちに待った準備の時間だ。


「さて。まずは要らないものを運び出しましょうか」


 陣頭指揮を執るのは我らがリーダー、鈴香である。


「教卓は使わないので移動させます。机と椅子は前もって必要数を決めてあるので、余った分を運び出してください。ただし、机の高さには気を付けてくださいね」


 指示だしの似合う雰囲気を持っているお陰で、一時的なリーダーに集まりがちな「お前も手を動かせよ」「楽しやがって」といったやっかみが起きにくい。というか、彼女が前々から裏方としていろいろな調整や打ち合わせをこなしていたことはみんな知っているので素直に従ってくれる。


「では、私も運び出しを──」

「あ、アリスちゃんは休んでていいよー」

「掃除張り切ってたし、明日が本番なんだから」

「……あれ?」


 何故かみんなから「お前はいい座ってろ」と言われてしまった。そんなに貧弱そうに見られているのか。月曜の欠席が響いたのか。


「運び出しが終わったら内装作業に入りましょう」

「はーい!」


 同じ高さの机をくっつけて「島」を作り、椅子を周りに配置する。この時、四つの机を長方形ではなく十字っぽい形にくっつけ、上からテーブルクロスをかけることによって少し上品な感じに見える。

 椅子には手製の防災ずきん──もとい、背もたれとクッションを付けて身体が痛くならないように。

 各テーブルにはラミネート加工したメニューを配置。

 壁は緋桜ひおう家に余っていたカーテンを使ってエレガントさを演出しつつ、いかにも学校っぽいアイテムを目隠し。ビーズを鎖風に編んだものを金色や銀色に染めて装飾に使い、あらかじめ作成しておいた看板は高等部の美術室から借りたイーゼルに立てかけてそれっぽく。


 スタッフ用のスペースは普段教卓があるあたりだ。

 ついたてとカーテンで目隠しした上で、当座の分のお菓子や、飲み物の入ったクーラーボックス、湯沸かし用のポットなどを置く。

 着替えや物資の保管用には少し離れた空き教室を借りられたのでそっちを使える。

 空き教室の方は装飾が必要ないので、お昼になったらそっちでお弁当を食べた。もちろん、作業をしている生徒もいるので手の空いている生徒から交代でだ。


 鈴香は全体指揮、芽愛は持ってきたお菓子のチェックやラベル作成等々、縫子は衣装の最終チェックをしていて忙しいので、俺は他のクラスメートと昼食をとった。


「いよいよ始まるんですね……」

「アリスちゃんは初めてだもんね。楽しみ?」

「はい。楽しみです」


 素直に頷くと、みんなが微笑ましいものを見るような目で見てきた。とはいえ「そういう皆さんも楽しみにしてるじゃないですか」と言うのも大人気ないので我慢しておく。

 そして、午後二時を回る頃には──。


「……うん、内装はこれで完成ね」


 我らがメイド喫茶のスペースは営業可能な状態になっていた。


「もう終わったんですか?」

「事前準備の成果と言って頂戴。こういうのは余裕をもって進めるものなの」


 もちろん、これは俺達にとっての朗報。


「良かった。これならリハーサルができる……できますねっ」


 弾んだ声を上げる芽愛。彼女が擬態を解きかけるとは珍しい。飲食店での接客ということでテンションが上がっているんだろう。

 リーダーの鈴香から、接客担当者は着替えてリハーサルに参加するよう指示が出た。


「……っていうか、私達ひょっとして損してない?」

「接客練習までさせられたもんね」


 せっかくなので俺は自分が作った方のメイド服を着ることにした。

 自分で作った衣装を着るというのもなかなか感慨深いものがある。ちゃんと着られるんだな……という感動と、こういうのがあるからコスプレイヤーという人達がいるんだろうな、という実感を覚えていると、接客担当の子達がしみじみ呟くのが聞こえた。


「練習、そんなに大変だったんですか?」

「そりゃあもう大変だったよ」

「みっちり三時間くらい練習させられたんだから」


 三時間……?


「アリスちゃ──アリスさん」

「はい」


 近くにいた芽愛と顔を見合わせた俺達は「私達は丸一日」という声をギリギリで呑み込んだ。逆にそれだけやったんだから自信がついたと思えばいい。

 そして。

 鈴香や縫子もお客さん役として参加してのリハーサルが行われ、最後に芽愛謹製のお菓子をみんなで味わいながら決起集会的なことを行って、その日は解散となった。


「文化祭ってみんなで泊まりこんでギリギリまで作業するみたいなイメージがあったんですが、いつもとあまり変わりませんね?」

「それやったら、あんた当日の朝に熱出しそうよね」

「この前のはさすがに特殊な事例ですってば。朱華さんこそ、今日は早く寝てくださいね?」

「は? 徹夜でテンション上げないで『お帰りなさいませご主人様♪』とか言えるわけないでしょうが」

「……あー」


 若干同意しそうになった俺は「いや、こいつは参考にしちゃ駄目だ」と思い、夜はノワールが作ってくれたホットミルクを飲んで早めに寝た。

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