聖女、仮病を使う
「もう、本当に心配したんですからね?」
「本当にすみません」
ノワール特製の朝食メニューをいただきながら、俺は深く謝った。
ちなみに食事の量は普段の五割増しくらいだ。気分的には二倍くらい食べたいのだが、人間、なかなか食い溜めは難しいものである。
わざわざ俺の分だけ追加で作ってくれたノワールは向かいに座ってじっとこちらを見守っている。気恥ずかしいが、気持ちはわかるのでなんとも言えない。
朱華たちはもう出かけていった。
俺が起きた時にはもういなかったのだが、教授も元気に大学へ行ったらしい。かなり盛大に吹っ飛ばされていたので、問題ないと聞いてほっとした。
「もう少し早く起きていれば魔法がかけられたんですけど……」
「病み上がりのアリスさまにそこまでさせられません」
俺が来るまではシルビア製の回復ポーションでやりくりしていたのだから、そこまで心配することでもない、とのこと。
そのポーションを作ってくれているシルビアも、多少全身を打った程度でぴんぴんしていたらしい。
「じゃあ、私だけ皆に迷惑かけたんですね……」
「迷惑だなんてとんでもありません」
ノワールは真剣な表情で首を振った。
「アリスさまにかかっている負担がそれだけ大きいということです。回復、サポート、更に攻撃役までお願いしてしまっているのですから、むしろ申し訳ないくらいです」
「そんな。私はできることをしているだけで……」
それを言ったらノワールだって「一発当たったら致命傷」というプレッシャーの中で前衛をこなし、更にはメイン火力を務めている。
シルビアのポーションには元手と時間がかかっているし、朱華だって制約の大きい能力でうまくボスオークを仕留めてくれた。
教授は戦闘だと地味だが、リーダーという重責を担っている。
楽をしているメンバーなど一人もいない。
「そうだ。ボスはあれで倒せたんですよね?」
「ええ。あれが倒れた直後、戦闘自体も終了しました」
ボスオークは朱華の力で身体の内側から火を付けられて火だるまに。全身こんがり焼けて微妙に良い匂いを立てながら消滅したそうだ。
ただ、そのお陰で辺りの芝生に引火したので、残量の少ない消火器で延焼防止に努めることになった。
併せてバックアップ班に連絡し、消防車でしっかりと消火。無事に森への被害を食い止めた後、だいぶ地面がむき出しになってしまった広場を掃除した。
一番大変だったのは散らばった銃弾や空薬莢の回収である。
一般人の利用する場所なので、明らかに最近使われた感じのミリタリーアイテムがごろごろ見つかった日には大騒ぎである。
翌日も辺り一帯を封鎖して昼過ぎまでかけて掃除したらしい。それでも多少は残っているかもしれないが……まあ、二発や三発程度なら小学生が拾って「すげー」で終わる。
「申し訳ないことに、わたしたちも限界でしたので、後始末はほぼバックアップ要員の方々にお任せしてしまいました」
ポーションを飲まされて目を覚ました教授が「お主ら、こういう時のために待機しているんだろう?」と了承させたらしい。
「車に戻ってしばらく休憩した後、教授さまと交代で運転して戻ってきました。朱華さまとシルビアさまは移動中はぐっすりだったものの、すぐに起きてくださったのですが、アリスさまだけは目を覚ましませんでした」
呼吸は規則ただしかったし、目立った外傷もない。
既に二本飲み干していたことを考慮して、効果が弱めのポーションを飲ませ、翌日の朝一で医者に来てもらった。診察の結果は過労。とりあえず様子を見ようということになって今に至ったそうだ。
「痛いところはございませんか? 頭が妙にぼうっとするですとか、体温が異様に高いということは?」
「大丈夫です。念のために《
しっかり食べてエネルギーを補給すれば本調子に戻るだろう。
学校にはノワールから「風邪で休む」と連絡してもらったので、今日一日でしっかり治したい。文化祭の近いこの時期に休むのはクラスメートにも申し訳ないし。
「今日はトレーニングも休んでのんびりします」
「それがいいと思います。では、今日はアリスさまと二人きりですね」
「ここに来た頃はしばらくそうだったんですよね。懐かしいです」
気づけばもう、ずっとここで暮らしているような気さえする。
ノワールはくすりと笑って、
「アリスさま。何か食べたいものはございますか? 病人には我が儘を言う権利があるんですよ?」
「本当に風邪を引いてるわけじゃないんですが……えっと、じゃあ、リンゴとか?」
「リンゴですね。定番はすりおろしですが……せっかくですからアップルパイなんて焼いてみましょうか?」
「あ、じゃあ、お手伝いしてもいいですか?」
「本当はお休みしていて欲しいんですが……少しだけですよ?」
我が儘を言っていいというので、少しだけ役得をさせてもらった俺だった。
一時間目が終わった頃になると、スマホに次々メッセージが届いた。
内容は「お大事に」とか「大丈夫?」といった風邪を心配するもの。罪悪感がぶり返してくるのを感じつつ「大した風邪ではないので明日には登校できる」旨を返信した。
芽愛からは「食中毒じゃないよね?」と送られてきたので「違います」とスタンプ付きで否定する。
「みなさん、いいお友達ですね」
「はい。お陰で学校が楽しいです」
「それは良かったです」
アップルパイは午前中から作り始めて、お昼ご飯の一部にした。
他のメニューはリゾットと温野菜サラダ。二人でお腹いっぱい食べてもワンホールはとても食べきれなかったので、残りは夕飯に朱華たちに供されることに。
「では、アリスさまは今度こそゆっくりしてください」
「わ、わかりました」
自室に戻ってベッドに上がった俺は、昼寝をする気分でもなかったので、適当に読書をして過ごすことにした。
途中まで読んでいたラノベを読み終わり、余韻に浸った後、そういえば聖職者衣装はどうなったのかと気になった。
転んだり吹っ飛ばされたりしたので無事では済まなかったはず。
部屋の中を漁っても発見できず。ならばと階下に移動して、
「あの、ノワールさん。私の衣装ってどうなりました?」
「……私も言われる側なので偉そうなことは言えませんが、アリスさまも相当、休むのが苦手な方ですよね?」
「え」
暗に「いいからとりあえず寝てろ」と言われたので、今度こそ昼寝をした。
「ただいま。アリス、ちゃんと休んでたんでしょうね?」
「私をなんだと思ってるんですか。ちゃんと休みました。もともと休むほどの体調じゃなかったんですから」
「じゃあ階段でコケたのは何よ」
「あれはお腹が空いてたせいです!」
学校から帰ってきた朱華とは顔を合わせるなり妙な言い合いになった。
俺の反論を聞いた少女は微妙な顔をして、
「なんだ。元気じゃない、あんた」
「だからそう言ってるじゃないですか……」
と、俺の頭がぽんぽんと叩かれて、
「ま、なんにせよ、無事だったなら良かったわ」
「……いえ、その。朱華さんのお陰で助かりました」
なんとなく気恥ずかしくなって目を逸らす。
「あれ? というか、朱華さんも相当無茶してましたよね? 一歩間違えたら殴られて即死でしたよね?」
「あー……そうだったっけ?」
わざとらしく目を逸らされた。気づかなければ良かったのに、と顔に書いてある。もしかするとノワールたちにも叱られたのかもしれない。
誤魔化されそうになったのだと思うと若干思うところもある。
動けないまま見たあの光景。朱華がボスオークに殺されていたらと思うと背筋が寒くなる。
「朱華さんがぐちゃぐちゃになるところなんて私、見たくないんですからね」
「んなこと言ったらあたしだって、あんたが死ぬところなんて死んでもご免よ」
話の流れで睨みあうことになった俺たちを見て、一緒に帰ってきたシルビアが、
「ほんと、二人は仲いいよねー」
仲良いか? と少し思ってしまったのは朱華にも秘密である。
十七時前には教授が帰ってきた。
「身体は大丈夫ですか? ヒールかけましょうか?」
「問題ない。魔法が必要なほど弱っているなら迷わず休んでいる。……お主と違ってな」
「え」
朱華がグループチャットで話したらしい。余計なことを、と少しだけ恨んだ。
「アリスさま。教授さまも心配されていたんですよ。だから、いつもより早めに帰ってこられたんですよね?」
「考えすぎだ、ノワール。仕事を切り上げてきたのは事後処理のために過ぎん」
おそらく照れ隠しなのだろうが、教授は宣言通り、俺達を集めて事後処理についての話を始めた。
まあ、ノワールは夕食の支度もあるので作業しながらだったが。
「
「……そうね。何もかも命あってこそだもの」
「ほんとだよー。本気で命がけのバイトとか勘弁して欲しいよね」
俺達のバイトに危険がつきまとうことは承知しているが、本気で「死んでもいい」と思っているわけではない。
最高に運が悪くても大怪我くらいで済んでくれないと割に合わない。さすがに俺でも死者蘇生はできないのだ。
これに教授は苦笑して、
「うむ。ひとまず、上には報酬の増額を強く要請しておいた。今回は向こうから頼まれて『仕方なく』スケジュールを詰めた案件だしな。金くらい払って貰わねば割に合わん」
「それは助かりますね。みなさま、装備をかなり消耗したはずですし……」
まずはシルビアのポーション。それからノワールの弾薬。どちらも必要経費で落とせなければ赤字間違いなしのアイテムだ。
「今回はアリスの衣装も犠牲になったな。その点も強調しておいた」
「あ、結構ボロボロだったんですね、あれ」
なんでも土汚れの他、あちこちがほつれて本格的に修繕のいる状況だったらしい。
俺としては残念ではあるものの「なら直せばいいんじゃ?」くらいの想いなのだが、教授はここぞとばかりにそこを押したらしい。
着ていた俺が一日以上目覚めなかったというのもあって説得力が高い。
聖職者にとって衣装とはうんぬん、といった若干嘘くさい文句まで並べて被害の大きさを申告し、増額について「前向きに検討します」という返答を受け取った。
「新しい衣装、注文しておいてよかったです」
「若干アリスをダシにしてしまったが、お主に頑張ってもらったのは事実だからな。恩に着る」
「気にしないでください。私も、ボス戦の度にボロボロになるのはなんとかしたいんですけど……」
回復魔法や支援魔法をかけるには前衛の傍にいないといけないうえ、攻撃魔法もあるのでどうしても前に出ることになってしまう。
「そういえば、私達が敵を実体化させて、自衛隊か何かに戦ってもらう……っていうのは駄目なんですか?」
ふと思いついて尋ねてみると、他のメンバーが揃って渋い顔になった。
「いや、それは以前に思いついて試したことがあるのだがな。……結論から言えば、嬉しい結果にはならなかった」
「というと……」
「十分に訓練された部隊だけあって、突然現れた未知の敵にも彼らが怯むことはありませんでした。ですが、彼らの操る通常武器では十分な攻撃力が出なかったのです」
「銃が当たってるのに効かない、ぶん殴ってもぴんぴんしてる、とかはさすがに専門外でしょ。結局、あたしたちじゃないと無理って話になったのよね」
「それって、敵は何か、特殊フィールド的なものを纏ってる、みたいな話ですか?」
「うん。それで、私達はそれを中和できるみたいな話だねー」
そんな現代異能もののラノベみたいな設定があったとは……。
それなら俺達が戦わないといけないのも納得だ。まあ、俺達が敵を実体化させているわけなのでマッチポンプ感が否めないが、敵を倒すことで世界が良くなっているのも事実。
上の人達としても報酬を払うだけの価値があると判断しているのだろう。
「今回も邪気払いの効果はあったらしいぞ。なんと、ツチノコが発見されたらしい」
「世紀の大発見じゃないですか」
いやまあ、一般の人にとっては「だから何だ」っていうレベルの話でもあるのだが。生物学者なんかは大喜びするに違いない。
「他にも珍しいキノコが発見されるなど、良い影響が出ている。多発していた事故も収まるだろうな」
「それは良かったです……」
「もう当分『政府からの依頼』は懲り懲りだけどね」
「本当ですね」
できればしばらくそっとしておいて欲しい。
シュヴァルツも懸念していたように、初めて行く場所ではボスが出現するらしい。毎度苦戦するのはもう懲り懲りである。
次にボス戦に挑むまでの間に、俺ももっとパワーアップしておきたいと、今回の件で切実に思った。
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