聖女、最後を託す

「そっちは終わったみたいね」


 軽い調子で投げかけられた声が、もう一方の戦いがどう推移したかを象徴していた。

 無残にも切り裂かれた着物とメイド服。

 魔王への抗戦を続けていた瑠璃とノワールは身体のあちこちに小さな傷を作り、服の下──インナーさえも覗かせる有様だった。

 大した時間は経っていないというのに。

 ノワールのコンバットナイフは二本までが砕け、PDWと拳銃も一挺ずつが破壊されてしまっている。瑠璃の短刀も折れて芝生の上に投げ出され、秘刀『俄雨』の刀身にも無数の傷が見て取れる。


 対して、ラペーシュ・デモンズロードは無傷だ。

 服に汚れすらついていない。前後左右へ踊るように動き回る彼女を食い止めるのに、瑠璃たちが極度の集中を強いられているというのに、だ。


『ラペーシュに白兵戦を挑まれるのが一番厄介だ、と、吾輩は思っている』


 事前の作戦会議にて我らがリーダー、教授はそう口にしていた。


『なんでよ。前みたいに火の球とかたくさん出される焼かれる方が嫌じゃない?』

『いや。来るとわかっていれば朱華も対抗手段を準備できる。火力勝負ならアリスとの撃ちあいに持っていけるだろうし、瑠璃を強行突破させることで短期決戦も狙える』

『耐火や耐冷のポーションなら私も用意できるしねー」


 しかし、豊富な魔力を身体強化等、単純な個人戦力に注ぎこまれると対抗手段がない。

 まともに接近戦ができるメンバーは瑠璃とノワールだけ。彼女たちにしても仲間との連携が持ち味であって、同サイズの相手にあっちこっち動き回られては苦戦は免れない。


「じゃあ、そろそろこっちも終わらせましょうか」

「《聖光連撃ホーリー・ファランクス》!」


 終わらせられてたまるかと、俺は聖なる光をラペーシュに向けて殺到させる。

 美少女魔王はこれを律儀に防御。当たっても痛くないと言いつつ多少は嫌なのか、それとも俺に対する礼儀なのか。

 お陰で多少の隙が生まれたので、シルビアが白衣からポーションを二本引きぬく。回復用だろうそれをノワールたちへ投げ渡そうとして、


「少し大人しくしていなさい」


 最小限の動作で投擲された短剣がポーション容器と共にシルビアの肌を浅く傷つける。ふりかけても効果のある薬だったのか、こぼれた液体によって傷はすぐさま癒されるも、ほっとする間もなく、ラペーシュが錬金術師へと肉薄した。


「シルビアさんっ!?」

「やばっ」


 慌てて防御姿勢を作るシルビア。

 契約が無ければ即死だったかもしれない。しかし、魔王はくすり、と笑みをこぼすとシルビアを一発殴りつけ、軽く拭き飛ばすだけに留めた。

 たったそれだけでもシルビアは肺の空気を吐き出してよろめき、ポーションが割れないように姿勢を整えるのがやっとだったが。

 その間にラペーシュはさらなる移動を開始している。

 瑠璃とノワールが追撃しようとするも、初速も最高速も上回られていては追いつけない。


「《聖光ホーリーライト》!」

「当たらないわ、そんな攻撃」


 当然、俺の魔法もあっさりかわされる。


「っ、この……っ!」

「もう少し休んでいなさい」

「かはっ!?」


 蹴りつけられた朱華が悲鳴を上げ、お腹を押さえる。

 ワンテンポ遅れてシュヴァルツが銃口を向ければ、


「こいつは破壊しても問題ない、と」


 遠隔操作された機械人形がいともあっさり真っ二つに切り離された。


「少しは遠慮というものを覚えたらどうだ!」


 怒声と共に消火器を手にしたのは教授。発射される粉末に攻撃力はないものの、吸い込むと咳き込むなりなんなり多少の効果はあるだろう。

 しかし、これもラペーシュには無意味だった。

 彼女を包むように張られた防御膜が粉末を通さなかったからだ。舌打ちした教授は消火器そのものを投げつけるも当然のようにひょいっとかわされ──。


「ちょっと寝ていなさい」

「ぐ、おっ!?」

「教授っ!!」


 召喚されたでかい本──防御的な魔法がかかっているはずの教授専用武器ごと、小さな身体に大きな斬り傷が生まれた。

 じわり、ローブに広がり始める血の染み。

 どさり、と倒れた教授は痛みに顔をしかめ、呻き声を上げながらも懐からポーションを取り出し始める。俺は彼女へと《大治癒メジャー・ヒーリング》を飛ばした。みるみるうちに治っていく傷。

 と、そこへ。


「じゃあもう一回」

「がああぁっ!?」


 肩口に突き立てられる銀色の刃。

 致死レベルのダメージではない。命に別状はないが、これでは回復してもキリがない。

 むしろ、俺が治さない方が教授が休める……?

 その考えに至ったところで、ラペーシュと目が合った。彼女は笑顔だ。俺の魔法を無駄撃ちさせることも考慮に入っているのか。


「アリス、もうよい! 残りの魔法は勝利のために使え!」


 教授が咳き込みながら叫び、開栓したポーションを煽る。続けて二本目を手にしているが、このまま休んでいる分にはなんとかなるだろう。

 下手に余力を持たない方が死んでしまう危険があるのでラペーシュから攻撃されにくい。


 これで、シュヴァルツと教授が戦闘不能。

 止めようのない早業。

 しかし俺たちもただ見ていたわけではない。ラペーシュへの攻撃に《聖光連撃》ではなく《聖光》を用いたのは余力を他に割くため。

 俺が《聖光》に続けて飛ばしていた回復魔法で、瑠璃とノワールは最低限の活力を取り戻している。


「これ以上好き放題は──!」

「ノワールはもうちょっと痛めつけても大丈夫よね」

「くっ……!」


 一体何本出てくるのか、飛来した短剣によってノワールの拳銃がまた一つ壊れた。下手に身体に当たるよりはもちろんいいのだが、


「──追いつきました!」


 ここで、瑠璃が刀を振りかぶる。

 すかさず俺はかけられる支援魔法を立て続けに使用。強化された少女の上段からの一撃は、すくい上げるように持ち上げられたラペーシュの刃と鋭く衝突。

 力は、一瞬だけ拮抗。

 その後、押し勝ったのはラペーシュの方だった。『俄雨』の刀身にみるみるヒビが入ったかと思うと、ざん、と銀色の剣が宙を薙ぐ。巻き込まれた瑠璃の前髪が一センチほど斬られて散った。


「───!」


 愛刀の最期に瞳を見開く瑠璃。

 それでも彼女は止まらなかった。専用武器は修復に時間こそかかるものの、また召喚できるようになる。折られることも想定済みだった。すぐに予備の刀を引きぬこうとして「邪魔よ」ラペーシュの拳が深々と、少女剣士の腹へ食い込んだ。

 教授や朱華の時よりも深く、重い。

 さすがの瑠璃も白目を剥いて唇を歪める。俺は彼女に再び回復魔法を飛ばすしかなかった。


 ふう、と、息を吐いた魔王は銀色の剣をひゅん、と振って、


『お相手願えますか、魔王様?』

「おなかいっぱいだからげんきいっぱいだよー!」


 スライムに身を包んだ白い大狼が、四本の足で躍り出る。

 アッシェとスララの合体形態。

 あの姿は単なる防御モードではない。筋力を始めとする身体能力をもスララによってブーストされた彼女たちの切り札。

 振り下ろされた鋭い爪は、並の人間なら一発で「ぐしゃ」っと終わりだろう。

 さすがのラペーシュもこれには顔をしかめ、


「私だって疲労は感じるのだけれど」


 瑠璃の時と同じように剣でもって爪を迎え撃った。

 各種攻撃に耐性を持つスライムコーティング。大きさに見合うだけの筋力と、硬質の爪。それらの威力が魔王の剣を一瞬軋ませ、次の瞬間には、バターでも切り裂くように剣が狼の身体へと食い込んだ。悲鳴がドーム内に轟くも、アッシェは身を引こうとしない。

 むしろ自分から身体を食い込ませ、剣の動きを封じ込めると、


『アリシアさん!』

「アリスー、いまだよー!」

「──《聖光連撃》!」


 いい加減、俺も体力がきつくなってきた。

 身体がふらつき、視界が霞む。それでもここでは終われない。今用いられる最高の攻撃魔法を解き放つ。それも、一発ではなく二発、三発と。

 ラペーシュは剣を手放してかわすか、それとも魔法を甘んじて受け、アッシェたちを倒しきるかの二択となる。


「さすがは私の部下、と、褒めるところなのかしら──っ!?」


 選ばれたのは、後者だった。

 降り注ぐ聖なる光はラペーシュが纏うバリアによって防がれる。そしてその間に魔王の剣が白狼の手から腕、そして胴へと到達し、


「これで、あなたたちももう動けない」

『ぐ、う』

「……いたいー」


 合体を解かないまま、アッシェたちはどう、と倒れた。

 食い込んだ剣をそのままにして、だ。

 ちょうど俺の魔法攻撃も打ち止めだ。苦笑したラペーシュは剣から手を離し、身を翻そうとして──。


「隙あり、かなー?」

「っ!?」


 飛来したを、ラペーシュは今までで最も焦った様子で回避した。

 手で払いのけることもできただろうにそうしなかったのは、万一にも容器を割りたくなかったからだろう。もし、あの「ネガ生命の水」なら、肌に降りかかっただけで皮膚組織が可能性もゼロではない。


『再生し続けなければ死ぬ、というだけなら殺すことにはならないものね?』


 と、後にラペーシュ本人が語ってくれた。

 実際には地面に置ちた容器はぼん、と爆発したわけだが、過剰に警戒して必死に避けてくれたお陰で新たな隙が生まれた。

 安堵の息を吐くラペーシュの懐へと紅髪の少女が飛び込み、その細い腕でぐっと掴む。さっさと背後へ回り込んだ朱華は胸や太腿を押さえつけることも気にせず魔王を羽交い絞めにした。


「っ、朱華……!」

「掴まえたわ。あんたの身体、たっぷりと火照らせてあげる」

「う、あ……っ!?」


 びくん、と、ラペーシュの身体が跳ねるように動く。

 体内温度が急上昇しているのだろう。ボスオークの時だってあの巨体が一撃だったのだ。傷口からのアクセスではないとはいえ、威力は十分。

 もがいて脱出しようとするも、朱華が必死にしがみついて離れない。そうしているうちにぱきん、と、何かが割れるような音。


「どうやら、防御障壁には耐久力があったようですね」


 復帰したノワールが呟くように言い、新たな拳銃を構える。未だ回復中の教授が投げ渡したものだ。何発も立て続けに銃声が響き、ラペーシュの四肢へと正確に傷が生まれる。魔王にくっついたままの朱華が「うわ、怖」という表情を浮かべる。

 生まれた傷口はゆっくりと再生を始める。

 人並み外れた身体能力にバリア、更には再生。絶望したくなるような万端さだ。

 それでも、ようやく底が見え始めた。


「っ、いい加減にしなさいよ……っ!」


 焦った声で叫ぶラペーシュ。

 みし、という音が聞こえそうな勢いで朱華の腕に指をめり込ませると、力の緩んだ腕を振りほどく。そのまま朱華を遮蔽物代わりにしたかと思うと、ノワールへ力いっぱいぶん投げた。さすがのノワールももうかわす余力がなかったのか、もろに喰らって二人で転がる。


「《聖光ホーリーライト》!」

「……アリス」


 聖なる光を挑発の如く叩き込み、朱華たちへの追撃を妨害。

 振り返った魔王は俺の顔を睨みつけてきた。


「打ち止めにしておきなさい。でないと身体に障るわ」

「生憎ですが、私の神聖魔法は振り絞れてしまうので」

「知ってる。……あなたのは決戦後に用いられたのだものね」


 《神威召喚コール・ゴッド》。

 存在と引き換えにした最終手段。正確には神聖魔法とさえ呼べないものではあるが、ラペーシュの言った通り、あれはゲーム上のラストバトル後、イベントシーンで用いられた。直前の戦闘で主人公のHPやMPがどんなに減っていようが関係なく発動し、魔王を完全に討ち果たすのだ。

 ゲームをプレイすれば簡単にわかる情報。

 それが今、このタイミングで口にされたことで、俺は一つの答えにたどり着いた。俺には《神威召喚》を行うつもりがない。だが、ラペーシュの方は使

 おそらくは《神光波撃ディバイン・ウェーブ》を封じたのと同じ力か。二発は撃てないと思っていたが、最初から最後の最期のために温存していたのだろう。


 ──アリシア・ブライトネスの自害を防ぐために。


 剣の召喚、身体強化、バリア、再生。確かに強力だが、魔王の全力と呼ぶには少々不足だ。何故かと言えば、聖女に全力を出させないために力の大半を使っていたから。

 ならば。


「いいから、大人しくしていなさい」


 目にも留まらぬ速さで肉薄してきたラペーシュの攻撃を、俺は自分の身体で甘んじて受けた。

 痛い。

 残り少ない体力がみるみるうちに奪われていく。ポーションを飲めばまだいけるかもしれないが──そこまでして抗戦した場合、ラペーシュの側も「殺すしか勝つ方法がない」となりかねない。

 がくり、と、膝をついて崩れ落ちる。

 ほっとした表情で笑みを浮かべるラペーシュ。仲間たちももうボロボロ。対して魔王はまだ、戦い続けられる程度の力を残している。

 だから。


「後はお願いします──瑠璃さん」


 俺は、最後まで握っていた錫杖を


「お任せください、アリス先輩」


 黒髪の少女が錫杖の柄をしっかりと受け止め、握りしめる。

 まるで棒か薙刀でも操るような構え。武家の娘というのなら当然、長物だってお手のもの。

 そして、隠しダンジョン産の最終装備『聖女の杖』は、支援型のアリシア・ブライトネスが握ってもなお、ぶん殴っただけでそこらの雑魚を滅殺する。

 耐久力もまた、推して知るべし。


「──これはまた、どうしようもないわね」


 杖を構えた瑠璃と正面から見つめ合い、ラペーシュは苦笑めいた笑みを浮かべた。


「剣があればなんとかなったかしら。……いえ。いい加減負荷もかかっていたし、アリスの杖と打ち合ったら負けるでしょう」

「降参しますか、ラペーシュ・デモンズロード」


 ふっ、と、今度こそ魔王は晴れやかな笑顔。


「ええ。降参よ、早月瑠璃」


 その瞬間。

 魔王との決戦が『変身者』側の勝利で確定した。

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