聖女、うさぎになる

 バニーガールだった。


 白いレオタード状の衣装をメインに、足には普通の黒タイツ。首には付け襟とリボンをあしらい、腕には指が自由になるタイプの黒いロンググローブ。そして当然、頭には白いウサ耳。

 お尻部分に生えた白い尻尾はレオタードにくっついているのではなく別パーツ。下着の上から細いベルトで固定して、レオタードに開いた小さいスリットから出す形だった。

 さすが安芸あき縫子ほうこ作。配信用のコスプレ衣装とは思えない拘りようである。

 しかし、


「……私、縫子から『恥ずかしい目に遭って来い』って言われてるんでしょうか」


 これではまるで、性的なサービスでもさせられるような格好だ。

 まさか縫子もシュヴァルツ同様、配信には女の魅力だと思っているのか。

 すると、着付けを手伝ってくれた千歌さんが「ないない」と笑って手を振る。


「あの子は純粋にアリスちゃんを飾りたかっただけだってば」

「本当ですか?」

「もちろん。耳を自立させるのが大変だったっていい笑顔だったし」

「そこに苦心する前にデザインを考え直して欲しかったんですが」


 まあ、可愛いのは認める。

 俺の体型では別に誰も興奮しないだろうし。……いや、そろそろ危ないか? 少しずつ胸が大きくなっているし、変身当時に比べると身長もセンチ単位で伸びている。

 まだまだ成長途上だが、女性的な身体つきが強調されてきたと言わざるをえない。


「恥ずかしかったら羽織ればいいよ。あれ、ちゃんと持ってきたでしょ?」

「そうですね、そうします」


 前からやろうと言っていてなかなかできていなかった生身でのコラボ配信。

 ようやく実現することになり、千歌さんの家を訪れるにあたって、俺は持ち物を指定されていた。冬に着ていた白いコート。

 色が同じ白なので上から着ても映える。ボタンを一つだけ留めるとかすれば中のバニー衣装も見えるし、いやらしい感じにもならない。なるほど、このためだったのかと感心した。


「これ、この時期に着ると少し暑いですね」

「エアコン入れるから大丈夫だよ」


 冬場にアイスを食べるために暖房をがんがん入れるような所業である。


「ところで、なんでバニーガールなんでしょう?」

「アリスちゃん──っていうかキャロルちゃんがうさぎの仮面被ってたからだよ」

「あー……」


 因幡の白兎的な和風うさぎはあの時、俺が巫女服を着ていたので既にやってしまった。

 ならばストレートにバニーガールだろう、という発想らしい。


「まあまあ。私も一緒に着るんだし」


 千歌さんは黒いバニーガール衣装である。

 彼女の分は縫子が作ってくれなかったそうなので、購入したコスプレ衣装。

 もちろん物凄く似合っているが、魅力的すぎて彼女こそアウトじゃないかという気もする。上に羽織った薄手の黒コートも大人の魅力を底上げしているし。


「声優だしね。コスプレしたくらいで事務所NGは出ないよ」

「……それもそうですね。覚悟を決めます」

「そうそうその意気」


 記念に、ということで配信前に写真を撮ってもらった。

 ウィッグを被ってカラーコンタクトも入れ、軽く化粧もしているので、ぱっと見別人だ。自分で見てもそうなのだから、他の人からは余計にわかりにくいと思う。

 交代で千歌さんの写真も撮り、ついでに自撮りっぽく二人でも撮った。


「うわ、なにこれ可愛い。……うちの事務所にもう一回スカウトしてもらおうかな」

「いえ、それは一回お断りしましたし……」

「ウィッグとカラコン付けたらOKならいけるんじゃない?」

「確かにそんな気も……?」


 前と違って「聖職者ムーブはそういうキャラ付け」が定着しているのでバレる率は低下している。

 今なら千歌さんを協力者にできるし、ノワールも声優デビューするわけだし、悪くない話ではあるのだが……考えてみたらそんな時間的余裕がなかった。


「わ、私は信仰を広められればそれでいいので」

「増えてるのはキャロルちゃんの信者だけ」

「この世界では私が教祖なので問題ありません。……たぶん」


 というわけで、千歌さんと二人で生配信をした。

 内容は雑談半分、ゲーム半分。チャンネルは千歌さんのものだったが、届いたスパチャは半分貰えることになった。


「キャロルちゃんの中の人がおっさんだと思ってた人、残念でした。美少女でーす」


 千歌さんはここぞとばかりに視聴者を煽っていた。しかもそれが炎上するどころか受けていた。解せぬ。


「というわけで、ここからはゾンビ撃つゲームに挑戦するんですが……キャロルちゃん? なんか目がマジじゃない?」

「ゾンビをんですよね? 一体でも多く潰しておかないと、新しい犠牲者を出して世の中を乱しますから」

「あ、駄目だこの子。忠実に設定守るタイプだ」

「また設定って言いましたね!?」


 なんというか、ほぼ千歌さんと駄弁ってゲームしていただけだったが、結果的に配信はかなりの好評を博した。



  ◆    ◆    ◆



『今回の千秋和香の配信、マジやばかったな』

『現役女子大生声優と現役女子高生配信者のバニーガール姿……エロかったな』

『そこかよ。いや重要だけど』


『良かった。キャロルちゃんのチャンネルでもやってくれれば良かったのにな』

『無理だろ。キャロルちゃん出てないし』

『出てただろ。……中の人が』

『まあ、キャラ崩れてなかったし、実質そのままだよな』

『キャラとか言うとキャロルちゃんに怒られるぞ』


『なんか和歌ファンの中にもキャロルちゃんのファン増えてない?』

『だって声可愛いし』

『俺達がツッコミ入れたいところだいたいキャロルちゃんがツッコんでくれるから楽なんだよな』

『わかる』


『キャロルのアバター配信の方も収益化して祭壇プロジェクト動き出してパワーアップした感じ』

『スパチャで祭壇(ガチ)作ろうとしてるの笑う』

『ネタに本気すぎて尊敬するよな』

『配信は時々マジの人生相談にマジで答え始めたりカオスだけどな』

『話してるうちに涙声になってガチで訴えかけ始めるのとかコメント忘れる出来だったな……。笑えはしないけど』


『っていうか魔法使えるなら怪我人とか救ってやれよ』

『ただの設定なんだからできるわけな──おっと誰か来たようだ』

『ま た 女 神 か』


『しかしあんなに可愛かったとは……。もうアバターいらなくない?』

『いるから。俺に需要あるから』

『でもコート脱いでバニースーツになった瞬間は興奮しましたね』

『ロリコン乙』

『言うほどロリコンか? 女子高生だぞ?』

『うん、まあ、俺らの年齢にもよるかな……』


『とりあえずこの企画定期的にやって欲しい』

『なんなら毎日でもいい』

『毎日は同棲でもしない限り無理だろ』

『すればいいじゃん、同棲』

『まあ百合営業なら問題ないな』

『和歌さんとキャロルちゃんに挟まれて眠れない音声出してくださいお願いします』



  ◆    ◆    ◆



『というわけで大反響だよ、アリスちゃん』

「すごいですね。さすが千歌さんの盛り上げ力です」

『いやいや、アリスちゃんの魅力もあるってば』


 翌日の夜、瑠璃の部屋で刀に神聖力を籠めていると、千歌さんから電話があった。

 電話しながら力を使うのは厳しいので刀はいったん瑠璃に引き渡す。しかし、可愛いパジャマに身を包んだ少女はこっちの会話が気になるらしく霊力を出そうとはしなかった。


『めちゃくちゃ好評だったし、いっそ本当に同棲したいくらいだよ』

「あはは。楽しそうですけど、うちもそろそろ部屋がいっぱいなんですよね」


 笑って答えると、瑠璃が顔に「?」を浮かべる。


「あ、瑠璃さんと同室とかどうですか?」

「アリス先輩。あの人と同じ部屋に住めとか、私に死ねと言うんですか」

『アリスちゃん? 今あの馬鹿がなんて言ったか教えて?』

「二人ともなんでそんなに喧嘩ばかりするんですか」

「後輩いじりが激しすぎるからです」

『可愛がってあげてるのに嫌がるからだよ』


 なるほど、どっちもどっちだ。


「あ。次に行く時なんですけど、ラペーシュさんと一緒に行ってもいいですか? そうすれば移動が楽になるので」

『いいよー。……あ、でも、そうするとあの子が自由に来られるようになるんだ?』

「身の危険を感じるなら止めておいた方がいいかと……」

『まあ、女の子同士ならノーカンでしょ』

「それでいいんですか!?」

『冗談だってば。そんなことしたらアリスちゃんに嫌われるってあの子もわかってるでしょ』


 持つべきものは契約である。

 千歌さんにおやすみを言って電話を切ると、瑠璃が頬を膨らませていた。


「アリス先輩はあの女に篭絡されすぎだと思います」

「千歌さん、いい人じゃないですか。彼女にしたい男性は多いと思います」

「あの人と釣り合う男なんてそういませんよ」


 つまらなそうに言う瑠璃。

 なんだかんだ言って、ちゃんと千歌さんの凄さを認めているのだ。


「もしかして、瑠璃さんが『そういう趣味』になったのって千歌さんへの憧れですか?」

「いえ、女装は高校時代から好きだったので」


 関係なかった。

 そこで、瑠璃は何やら顔を赤らめ、何かを言いたそうに視線を向けてくる。


「……というか、ですね。私には他に好きな人がいるんです」

「え」


 俺は硬直した。いきなりの爆弾発言である。

 誰だろう。バイト先が一緒の大学生とか? あるいは数少ない男性教師とか。


「ど、どんな人なんですか?」

「は、はい。その人は萌桜の先輩で」


 女性だった。先輩ということは高一から高三までの間か。


「礼儀正しくて、優しくて、努力家で、困っている人を放っておけない人なんです」

「そんな人がいたら好きになるのも仕方ないですね」


 なんだそのハイスペック女子高生は。

 そんな人がいただろうか。……鈴香すずかとか? 上級生の話なら俺が把握していなくてもおかしくないし、他にも候補はいそうだ。


「同性を好きになるのはいけないことでしょうか」

「そんなことはありません。無理に想いを遂げるのは罪ですが、それは異性でも同じです。しっかりと想いを伝えて答えを求めれば、どんな結果にせよ、誠実に向き合ってくれるはずです」

「そう、そうですよね」


 ほっとしたように息を吐く瑠璃。

 その様子から「本当に好きなんだろうな」というのが伝わってくる。やがて彼女はこちらをじっと見つめて、


「アリス先輩。私は──」


 その時、部屋のドアがノックされて、


「アリスー? 今日の配信マダー? ってつぶやいたーに上がってるわよ?」

「あ、そうでした! すみません瑠璃さん、お話、また今度聞かせてください!」


 俺は慌てて立ち上がった。

 部屋に戻って配信の準備を整えていると、廊下から瑠璃たちの声が聞こえてくる。


「……恨みますよ、朱華先輩」

「いや、ガチの奴は止めなさいよ!? あんたの髪、長くて黒いんだからシャレになってないんだからね!?」


 俺の代わりに朱華が話し相手になってくれて良かった、と思う俺だった。



  ◆    ◆    ◆



『キャロルちゃんの配信画面にうさぎのキャラが追加された件について』

『マスコットのブランな。可愛いよなあれ』

『GW後あたりから飼い始めたんだっけ。たまに画面遮ってアバターを乱す憎い奴』

『憎いかどうかはつぶやいたーアカウントに載ってる生写真を見てから判断するのだ』

『ああ、うん。これは許した。可愛い』

『うわ裸じゃんこいつやべえな』

『美少女の画像かと思ったらうさぎだった。くそう』

『白い毛並みの美少女の画像だっただろう?』


『うさぎはいいとして、隅っこでぷよぷよしてるスライムはなんなんです?』

『うさぎと一緒に飼ってる? らしい』

『スライムを飼ってる? 妙だな……?』

『あれだろ。エロいことに使って──』

『生ごみとか食べて分解してくれるらしい』

『なにそれすごい。うちにも一匹ください』


『あー。早く祭壇作ってくれないかな。そしたらお布施するのに』

『お前が今お布施をすれば祭壇が早くできるんだぞ』

『っていうか作ってるだろ。手作り祭壇』

『業者に頼むのも検討しているらしいが、場所の問題があるらしいな』

『世知辛い話やめろ』

『近所で庭に祭壇作り始めた家があったら教えてくれ』

『ガチで特定できそうだから止めろ』


『お布施か。スパチャ以外の方法があればいいんだがな』

『あれじゃね。依頼サイトみたいなところで人生相談とか祈祷とか受け付けてもらうとか』

『大丈夫? 宗教はNGってBANされない?』

『某サイトだとこんな感じ 禁止行為 第十四項:宗教活動または宗教団体への勧誘行為』

『だめじゃねーか』

『祈祷じゃなくて人生相談だけなら平気じゃない? 聖職者はあくまでキャラだし』

『キャラってあんまり言わないでやれ。キャロルちゃんが泣くぞ』

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