聖女、大暴れする

「アリスの外出問題はまあ、なんとかなるだろう。……問題は、我々の存在が公表されようとしている件だ」

「アリスさまの件も心配ですが、確かにその通りですね」


 教授の発言に、ノワールが眉を寄せて答えた。

 政府内に「秘匿派」と「公開派」がいて、後者が強硬手段を取り始めている。俺が治療に行った先で名前を呼ばれたのは彼らの動きによるものらしい。

 とりあえずしらばっくれはしたものの、それで無事終了、と行くわけがない。


「あたし達のこと広めたいなら、ぱぱっと記者会見でも開いちゃえばいいのに」

「いや朱華ちゃん。それやられたら困るんだってば」

「いえ、おそらくできないのではないでしょうか? その方達も、世の中を騒がせたいのではなく私達を守りたいと考えているのですよね?」


 ばばーんと公表してしまえば事実を隠すことはできなくなる。

 ただ、公表した後のことは成り行き任せになってしまう。政府は派閥が二分したまま騒動への対応に追われる羽目になり──もし、俺たちを何かに利用しようとする第三者が介入してきた場合、逆に隙を突かれてしまいかねない。


「うむ。瑠璃の意見が正解だろう。奴らは有力者へ少しずつ我々の存在を広め、もはや公表するしかない、という状態を作り出そうとしているに違いない。そうなれば秘匿派も協力せざるを得ないからな」

「でも、そうなると困るんですよね……」


 不思議な力を持っていることがバレてしまえば、今までのように学校へは通えなくなる。

 俺は毎日治療に追われることになるだろうし、他の面々もそれぞれの役割を与えられて散り散りになってしまうだろう。

 シェアハウスは必要なくなって、下手をすれば世界が俺たちを中心に動き出してしまう。

 正直言って、それは望むところではない。


「どうしたら今の生活を続けていられるでしょうか」

「その公開派とやらを皆殺──脅して黙らせればいいのですわ」


 帰りかけのところで立ち止まったアッシェが物凄く物騒なことを言った。ビーフジャーキーを取り出して齧りながらうさぎにちょっかいをかけているあたり、あまりやる気がなさそうである。まあ、彼女の場合は最悪、山の中に一人でも生きていけそうだ。


「あはは、さすがに口封じはちょっと……」

「必要とあらば実行する覚悟はありますが」

「ノワールさん!?」


 我が家のメイドさんが仕事人の目をしていた。やろうと思えば本当にできそうだから怖い。


「うーん。一応、自白剤とか遅効性の毒とか、あとその解毒剤とか用意しておく?」

「シルビアさんまでそっちの話を進めるんじゃないわよ!?」


 あまり手段を選んでいる場合ではないが、それにしても物騒すぎる。それに、そんなことをして「あいつらは危険だ」と認定されたら逆効果である。

 教授はそんな俺たちを見て「やれやれ」と息を吐き、桃色の髪の少女へ視線を向けた。


「ラペーシュよ。これに関しては何か見解があるか?」

「あるわ」


 異世界で魔族・魔物の王を務めていた少女。

 意見の相違なんてしょっちゅうだっただろう魔王は、いともあっさりと答えて胸を張った。


「要は『黙っていて欲しい』としたいわけでしょう? なら、それを伝えればいいわ。……ちょっとしたパフォーマンス付きでね」


 そうして彼女が視線を向けたのは、他でもない俺だった。


「アリス。この子たちのためにひと頑張りできるかしら?」

「……はい?」


 いったいなにをさせられるのか。

 続いて行われたラペーシュの策は、なかなかにぶっ飛んだものだった。



   ◇    ◇    ◇



 事件は、唐突に起こった。

 国会の終了直後。何の前触れもなく議事堂の出入り口が全て封鎖されたかと思うと、中継を終えて撤収にかかるところだったマスコミ関係者がばたばたと倒れた。規則正しい呼吸から眠っているだけだということはすぐに知れたが、尋常ではない事態に『彼』は一瞬テロの可能性を考えた。

 しかし、幸か不幸か、そうした最悪の想定はすぐに裏切られた。

 照明が半分程度まで落とされたかと思うと目立つ位置に突如、二人の美少女が姿を現すという、斜め上の事態によって、である。


「初めまして、かしら。私はラペーシュ。ラペーシュ・デモンズロード。魔の者達を統べる王よ」


 全員の注目を集める中、進み出て名乗りを上げたのは桃色というおかしな髪色・目の色をした抜群の美少女だった。

 見た目の年齢で言えば議員達の誰よりも若いが、肝の据わり方は尋常ではない。『彼ら』の知らされている情報、そして当人が名乗った肩書きから考えれば、そもそも見た通りの年齢ではないのだろうが。

 一体、彼女がどうして。

 ラペーシュ・デモンズロード。それは、数年前から現れ始めた『変身者』ともまた異なる存在。邪気、負の気などと呼ばれる力の集合体であり、生粋の異端存在。変身者達一人一人を遥かに超える力を有していることもあって、どうしようもない目の上のたんこぶとされている。

 しかし。

 彼が驚いたのは、そんなラペーシュの後ろに立つもう一人の少女だった。


 金糸のような髪。

 奥深さと優しさを併せ持つ碧色の瞳。白く滑らかな肌に、女性への羽化を始めたばかりという印象の可愛らしく美しい顔立ち。ファンタジーの聖職者めいた衣装を身に纏い、凛と立つその姿からは、神を信じていない彼でさえ感じられるほどに清浄な気配が発散されている。

 アリシア・ブライトネス。

 写真や動画で目にしたことはあったが、こうして実際に見るのは初めてだ。

 美しいとは思っていた。他にない異能を保持しているのも知っていた。しかし、実物がこれほどまでに「飛びぬけている」とは思わなかった。

 あれは『本物』だ。

 科学に満ちた時代。神秘の力は迷信として遠ざけられており、現存する聖職者達についても「所詮はただの職業」と思っていた。だというのに。


「今日はね。あなたたちにお願いがあって来たの。……いえ、命令かしら?」


 嘯く魔王。

 聖女アリシアのすぐ傍にいながら全く気負った様子がない。それが当然とでも言うように立つ彼女は、当のアリシアが「ラペーシュさん」と静かに発すると「ごめんなさい」と苦笑を浮かべた。


「でも、率直な気持ちよ。アリス──アリシア・ブライトネスの心の平穏を乱すような輩は、たとえこの国の中核を担う者であっても必要ない。私にとっては、この場にいる有象無象全ての命よりもアリスの笑顔の方が大事なの。……だからね」


 そこで、アリシアが進み出た。

 魔王と聖女が立ち位置を交代する。そして響いたのはよく通る、澄んだ美しい声だった。


「皆さんにお願いがあります」


 聖女、アリシア・ブライトネスが直々に、彼らに向けて告げた。


「多くの方はご存じでしょう。私は皆さんが言うところの変身者──ある日突然、物語の中の登場人物へと変わってしまった者です」


 政治家や権力者の間では公然の秘密。

 マスコミには明かすことができないため国会で話されることは無いに等しいが、彼女達は確かにこうして存在している。


「私たちには特別な力があります。そして、それを守ってくれようとしてくれている方々がいます。けれど、守り方は人それぞれに違うようです」

「──っ」

「人によって考え方が異なる。それは当然のことですが、どうかお願いです」


 端正な顔立ちが悲しげに歪められる。

 その聖性と若干幼さの残る顔立ちから恋慕の情は湧いて来ないものの、庇護欲と崇拝めいた感情から彼は胸が締め付けられるような思いを抱いた。


「私たちも人だということを忘れないでください。……そして、私たちに人並みの生活を許してください」


 釘を刺されるような思いだった。

 彼はアリシア達『変身者』の存在を公表しようとしている一派だ。そのための策として、特殊な治療を求めている有力者に癒し手の正体を教えたこともある。

 それが。

 そのために、彼女らはここへ。


「私からのお願いはそれだけです。どうか、お願いします」


 深く、上品に一礼するアリシア。その一挙手一投足から彼は目が話せなかった。

 直後。


「時間ね」


 魔王の呟き。

 何が、と思う間もなく、彼は背筋に悪寒を覚えた。議事堂の中央に「何か嫌な感じ」。人々はそこから離れようとするように部屋の端へと移動していく。

 その間にも嫌な気配は膨れ上がり、やがて具体的な形を成していく。

 黒く太い足。どこか恐竜的な印象を持つ巨大な二本の足から、彼はある架空の生き物を連想した。驕った人々への警鐘を担っているともされる怪物。足の大きさから言っても、到底その全身は議事堂に収まらない。そもそも、そんなものが実際に現れるという時点で人知を超えているが──。


「アリス」

「はい。……全てが実体化しきる前に仕留めましょう」


 とん、と。

 虚空から生み出された錫杖を聖女が床へつく。しゃらん、と、音が響き、


「《聖光連撃ホーリー・ファランクス》」


 眩い光が一同の目をくらませ、そして、黒い足を撃った。


「足が……!」


 誰かが言った。実体化部分が半分ほどにまで減っている。それだけでなく、残った部分のサイズも縮んだように見える。『削った』のだ。聖なる力をぶつけることで、邪気でできた怪物を『祓った』。


「もう一度」


 光が瞬く。

 アリシアが魔法を解き放つ度に祓われ、怪物は弱く小さくなっていく。そして遂には全身を現すこともなく完全に消滅して──議事堂には静寂が戻ってきた。

 彼女は。

 見れば、錫杖を溶かすように消したアリシアがラペーシュと手を繋いでいた。行ってしまう。直感的に思った彼は何かを叫ぼうとして、


「───」

「───」


 一瞬、目が合ったような気がした。

 たったそれだけで言うべき言葉を忘れた彼は、聖女が姿を消すまで呆けていた。議事堂の入り口は何事もなかったように開かれ、眠っていた者たちも目を覚まし始める。


「今のは夢か?」

「いや、そんなはずがない。紛れもない現実だ」

「ああ。……我々は忠告されたのだ」


 余計なことをするな、と。

 ああ。

 聖女と魔王から同じように釘を刺されて逆らえる者が、果たしてこの世にいるというのか。



   ◇    ◇    ◇



「……すごいことをしてしまいました」


 ラペーシュの転移魔法で帰ってきた俺は自室の床にぐったりと崩れ落ちた。

 一方の魔王様は余裕の表情で、


「記録には残せないように処理したし、起きてた人間にも暗示をかけたから大丈夫よ。悪いようにはならないわ」

「そうじゃなくて、あんな偉い人たちの前で啖呵を切っちゃったことです!」


 いや、もう、なんでOKしてしまったのか。

 別に他のメンバーでも良かったんじゃないのか。いや、あそこで敵を火だるまにしたり酸で溶かしたり銃で撃ったり本でぶっ飛ばしたり、おまけに刀でぶった切ったりしたらそれはもうストレートに危険人物だが。


「さすがに聖女ムーブが過ぎたのでは……?」

「偉い人の中に信仰が広がるかもしれないわね」

「駄目じゃないですか!」


 枕を抱えてベッドをごろごろしたくなってきた。いや、もう、しばらく配信にも影響が出そうである。羞恥心的な意味で。


「でもまあ、これで皆さん大人しくしてくれますよね?」

「ひとまずはね。……状況が変わることもあるだろうから、完全に安心はできないけれど」


 新しいメンバーが今、この瞬間に生まれる可能性もある。

 邪気がなんかよくわからないことになって星そのものの悪意が具現化する可能性もゼロじゃない。なので、ひとまずは現状維持が可能になったというだけだ。

 まあ、同類がばんばん増えて当たり前になるならそれはそれでいいのだ。

 そうしたら俺たちに振られる役割も減るし、特別感も薄れるので、普通に学校へも通えるだろう。そもそも変身の条件や原因が不明なので何とも言えないが、


「ねえ、アリス?」


 ラペーシュに後ろから抱きしめられ、そっと囁かれる。

 ここで「天国へ連れて行ってあげましょうか?」なんて言われたらぶっ飛ばしてでも逃れるつもりだったが、幸い、言われたのはいたって真面目な内容だった。


「あなたは心当たり、ないのかしら? あなたたちが『そう』なった原因について」

「……実を言えば一つだけ、思い当たることはあります」


 言い当てたところでどうにもならないし、外れていたら困るので言い出せない仮説。

 頭に思い浮かべた「それ」をラペーシュは語れとは言わない。ただ「ならいいわ」と言っただけだった。


「でも、確かめないと後悔するかもしれないわよ?」

「……いいんです」


 俺は首を振って、小さく笑った。


「確かめるのなら、戦いが終わってからにします。勝つのは私たちですから」

「言ってなさい」


 魔王もまだ、どこか嬉しそうに笑ってくれた。

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