聖女、買い物をする
「可愛いデザインがあって良かったですね、アリスさま」
「……あはは。えっと、そうですね」
スマホショップを出た俺は、ノワールの笑顔に愛想笑いを返した。
手に下げた小さな紙袋の中にはスマホの箱や書類が入っている。ただし、新しく買った──というか、朱華達が折半でプレゼントしてくれたスマートフォンは既に初期設定を終えて俺の鞄の中だ。
男子高校生時代のスマホはいったん電源を切って紙袋の中に入って貰った。これからは学校に持って行かず、部屋に置いておいた方がいいだろう。
抜かりなくケーブルを共有できるやつを選んだ。
朱華が「昔は個別に専用の充電器があったのよね」と遠い目をしていたが、実際、便利な時代になったものである。
新しいスマホは国内メーカーの最新機種だ。
ローズゴールドのボディが眩しいが、そのインパクトに負けず劣らず性能が良い。壊したりしなければ最低三年は快適に使えるだろう。
「私にはちょっと可愛すぎるかな、とも思うんですけど」
「そんなことはありません。ケースも可愛らしいのを選びましょうねっ」
こういう時のノワールは止められない。
ふわふわとした空気に酔わされるのを感じながら「まあいいか」と思う。
我が家のメイドさんが楽しそうだと家の中が華やかになる。
「まあ、アリスちゃんならシンプルな色も似合いそうだけどねー」
「その場合はホワイトかゴールドかしらね」
「無難に黒じゃ駄目ですか?」
「アリスさま、デザインは重要ですよ。華やかな色というのは目にするだけで心が華やぎます」
言われて、俺は鞄を覗き込み、中にある新しいスマホを見て、
「確かに綺麗ですよね、これ」
ぴかぴかの新品だし、悪い気はしない。
今の自室にも違和感なく馴染むだろう。
夏休みに入る前にクラスメート達と連絡先を交換しておこう。すると、真新しいスマホを見つけられて、わいわい話が始まりそうだ。
今のうちに覚悟しておこう。
そう心に決めた直後、何故か口元が緩んでいることに気づき、慌てて表情を引き締めた。
「それで? アリス、今回はどんな服買うわけ?」
「そうですね……とりあえず、夏物の服を何着か増やしておきたいです」
服屋が並んでいる辺りを歩きながら朱華の問いに答える。
モールは広い。
中でもファッション関係の店はメインと言ってもよく、当然ながらメンズよりもレディースの方がバリエーションは豊富なので、ある程度あたりを付けて探さないと日が暮れてしまいそうだ。
「秋物の服はいいの、アリスちゃん?」
「迷うところではあるんですけど、今回は止めておこうと思ってます」
何度も買いに来るのが面倒だという気持ちはある。
ただ、秋物まで買うと荷物が多くなりそうだし、スムーズに行けば秋までには元に戻れている可能性もある。
それから、大きな理由としては、
「学校の友達と買いに来る機会がありそうな気がするので」
「お友達とお買い物をするのも楽しいですものね」
ノワールのテンションの高さを見ていると、女子だけの遊びにショッピングが含まれないとは思えないからな……。
「じゃあ、トップスやボトムから、そのほか一通り揃える感じ?」
「はい。今持っているのもあるので、そんなに数はいらないと思いますけど、涼しい感じのを買い足したいです」
「了解。それだけ決まってれば割と探しやすいわね」
引っ越したばかりの頃、ノワールに買ってきてもらった時は初夏の気候だったので、がっつり夏場に着る用の服は少ない。
多くの品がスカートだし、色も白っぽいのが多いので夏でも十分着られはするが、あまりヘビーローテーションするわけにもいかないだろう。
特に、泊まりで遊びに行くことになった時に困る。
なんか冷やかされそうな気がするので声に出しては言わないが。
そうして、服選びは思っていたよりもスムーズに進んだ。
まあ、何事も無かったというわけではなく、
「半袖の方が涼しくない?」
「ですが、日焼け防止も考えると長袖の方がよろしいかと」
「いっそノースリーブにしちゃえばいいよー」
袖の長さはどれが最適か、という議論が俺そっちのけで始まったり、
「なんかアリスって、ガチのお嬢様スタイルも似合いそうよね」
「白いワンピースに鍔の広い帽子ですね。よくお似合いになると思います」
「麦わら帽子もいいと思う」
夏っぽい衣装といえば、みたいな雑談が始まったり、
「あ、これなんか値段も手頃だし良さそう……」
「お待ちくださいアリスさま」
「え?」
「アリス。服買う時はデザインだけじゃなくてタグもチェックしないと駄目よ。生地によって蒸れやすさって変わるし、モノによっては洗う時注意が必要だったりするんだから」
「……罠じゃないですか、そんなの」
一人で来ていたら絶対発動していたであろうトラップが見つかったりした。
思っていたよりもスムーズだと感じたのは最悪を想定していたからであって、まあ、なんというか、事あるごとに会話が挟まり、あれが良いこれが良いと言い合いになり、良いのが見つかっては試着を繰り返し、更には店をはしごして選んだりしたため、なかなか時間がかかった。
その代わり、最終的に手に入った商品は条件に合っており、デザイン的にも良い感じで、値段もそれほど高くない品ばかりだった。
「……ウィンドウショッピングの意味が少しだけわかった気がします」
通路に等間隔で設置されたベンチの一つにぐったりと腰かけて言えば、むしろつやつやした様子のノワールが微笑んで、
「アリスさまにわかっていただけで、とても嬉しいです」
「慣れなさい、アリス。場合によっては一日買い物で終わるとか、普通にありえるんだから」
「みんなで買い物に来た時って、買い物よりお喋りがメインだったりするもんねー」
「私、まだそこまでの領域にはたどり着けそうにないです」
朱華達の激励(?)にもつい弱音を吐いてしまう俺だった。
「ところでアリスちゃん。神聖魔法って他にどういうのがあるの? 日焼け防止の魔法とか、虫よけの魔法とかあったりしない?」
「経験上、試してみればわかるんですけど……あ、できそうですね」
アリシアの信仰する宗教は愛と豊穣を司る地母神だ。
自然に関係する神様だけあって、その手の魔法には強いのだろう。上手く使えば日焼け止めや虫よけスプレー要らずかもしれない。
と、
「アリスさま、ずるいです」
「あんたね、ちょっと便利にも程があるわよ?」
「え、傷を治すよりそっちが駄目なんですか!?」
微妙に納得の行かない物言いがついた。
「いつの間にか一時近いじゃない。お昼にしない?」
「そうですね。アリスさま。どこか行きたいお店はありますか?」
「いえ、その、できれば軽い物がいいんですが」
服を一通り買った後は昼食になった。
食事よりも休息が欲しかった俺の要望により、その日の昼食はモールの飲食店街に入っているドーナツのチェーン店で済ませることになった。
食べたいドーナツ(パイやちょっとした軽食もある)と飲み物を選んでお金を払う形式なので、食べきれる量をチョイスすることができる。
あまり食欲が無かった俺は一番シンプルなドーナツと生クリームの入ったドーナツの二つを選択。飲み物はアイスティーにした。
ようやく一息つけると思いつつ、あれやこれやと購入したらしい朱華達を横目に一口齧って、
「……美味しい」
そろそろ目を逸らさず自覚しないといけないだろう。
アリシアになった俺は、どうやら甘味に弱いらしい。甘さ控えめのシンプルなドーナツと砂糖無しのアイスティーの組み合わせであってなお、舌が甘さを感じて幸せを発生させてくる。
思わず笑みを浮かべて頬張っていると、いつに間にか他の三人が生温かい笑顔でこっちを見ていた。
「なんですか?」
「いや、美味しそうに食べるなーって」
「い、いいじゃないですか別に」
美味いものは美味いのだ。
ラーメン屋やハンバーガーショップに行かなくても食の幸福が味わえるなら身体にも良い。いや、糖分も摂りすぎると太るんだろうが。
せっかく注文した物を不機嫌そうに食べるのもどうかと思うので、そのままドーナツを美味しくいただく。
一つ目はあっさり食べ終わり、今度はもう少し甘いのが欲しくなる。
ちょうど良く、今度のはクリーム入りだ。
「あ、これも美味しい」
食べていると段々食欲が出てきたので、俺は結局、ドーナツをもう一つ追加した。三つ目は苺が使われた、これまた甘いやつだった。
最後にストレートのアイスティーで口の中を洗い流せば、それはもう至福の時間である。
そんな俺を、シルビア達は飽きもせずニコニコと見ていた。
午後は残りの細々とした買い物を済ませる。
俺の目的はプレゼント用の素材購入だけだが、朱華達もそれぞれ本屋とか、園芸用品店とか、調味料売り場とかに用事があるらしい。
もちろん、そのくらい付き合うのは何の問題もない。
むしろ俺のためだけに付いてきてくれたんじゃないのなら気が楽だ。
皆で一つずつ回り、俺の用事は最後になった。
「それで、アリスさま。どちらのお店に?」
「えっと、天然石とか、そんな感じのが欲しいんですけど」
「なら、雑貨屋かしらね」
案内図を見てそれっぽい店に向かうと、いい具合にそれっぽいコーナーがあった。
パワーストーンなどと銘打ち、安くて綺麗な石を売っている。宝石というと物凄く高級なイメージだったのだが、実際は種類や純度や希少価値等によってピンからキリまであるらしく、安い物なら小さい子のお小遣いでも買えてしまう。
値札には石の名前と一緒に石言葉(花言葉の石バージョンらしい)や、何月の誕生石、などといった情報が簡潔に書かれている。
ぶっちゃけ付け焼刃程度の知識さえない俺はふんふんと頷きながら、綺麗そうな石を選び、レジに持って行くための小さな容器に移していく。
それをシルビアが、宝石のような青い瞳で覗き込んで、
「ね、これをどうするのー?」
「小さな巾着袋に入れて、お守りを作ろうかと思いまして」
俺らしいプレゼントは何か、と考えて思いついたのがそれだった。
ゲーム中でもアリシアが知人にお守りを渡すシーンがあった。あれは確か手作りだったはず、と思い出したことでプレゼントが決まった。
安いパワーストーンにどの程度の効能かあるかは不明だが、俺ことアリシア・ブライトネスは神聖魔法を扱える聖職者である。
神聖な力を軽く石に込めてやれば、無いよりマシ程度の効能はあるに違いない。
これには朱華も意外そうに目を丸くして、
「へえ、いいじゃない。ノワールさんのアドバイスのお陰だろうけど」
「失礼な、と言いたいところですが、その通りです」
「そんなことは。最終的にはアリスさまのアイデアですから」
さすが、ノワールは優しい。
「ねえ、アリスちゃん。私にもちょうだい?」
「もちろん、皆さんの分も作りますよ。お世話になってますから」
「やった。ありがと、大好き」
「ちょっ、こんなところで変なことしないでください!」
軽く腕を抱かれただけだが、元々目立つ容姿なのを忘れてないかこの人。
「あ、でも、スマホのお礼は別にしますからね?」
「はいはい。本当に律儀よねあんた」
そういうのではなく、原価千円に満たないようなアイテムではお返しにならないというだけの話だ。
とはいえ、口にしても「そういうところが律儀だ」とか言われそうなのでさらりと流し、会計を済ませる。
「アリスさま。巾着袋のほうはどうなさるんですか?」
「あ」
ついでなので手芸用品店により、布と糸を購入した。
そして、俺は翌日の日曜日をまるまる使ってお守りづくりに精を出した。
石に神聖力を籠めるのは意外とスムーズにできたのだが、問題はむしろ巾着袋の方だった。小さな布を袋状に縫う、という簡単な作業が俺には難しかったのだ。
裁縫も一応、家庭科の授業で多少は習ったが、ぶっちゃけ真面目にはやっていなかった。
そんなもんできなくても問題ないだろ、とか言わず、もう少しまともに取り組んでおくべきだったかもしれない。ノワールに泣きつき、半分以上の行程をやってもらうことになった俺は本気でそう思った。
なお、土曜夜に墓地で行われたバイトは滞りなく終わった。
出現した雑魚をみんなで蹴散らして終わりである。
なんというか、こう、不死鳥との差をもう少しなんとかしてもらえないものだろうか。
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