18話

「終わった……の?」

「勝った……。でも、アウグストさんは……」

「……師匠として、そして武人として。おじいさまは……最も幸せな最後を遂げられたと思います」


 薬を飲ませたお陰で徐々に動ける協力者が増えている中――アナとマタ、そしてクララは辛そうに声を交わす。

 そんなアナの元へ、砂煙を割りながらクズが飛び出してきた。

 既に緋炎は纏っていない。

 火傷を負った腕に抱かれていたのは――。


「――おじいさま!?」

「胴体、繋がってる。ボロボロの牙じゃ、鎧の全ては噛みきれなかった?」


 所々身体に穴が空いているものの、上体と下体がしっかり繋がっているアウグストだった。


「――アナ、まだ息があるッ。頼む、シルフィで治療をしてくれ」


 アナの元へと駆け寄ったクズが、アウグストをそっと地に降ろしながら頼み込んだ。


「――でも、私の未熟な精霊術じゃ……」


 いくら癒やしの効果があることが判明しているとはいえ、気持ち程度。

 こんな重傷で、病まで抱えている状態は――荷が重すぎる。


「それでも、最後まで出来る事をやってくれ。――頼む」

「クラウス様……?」

「義兄様、それ土下座……」


 アナント城下街でやったような、見せかけの土下座ではない。

 心から地に額を擦りつけて懇願していた。


「――わかった。シルフィ、お願いっ!」


 普段は頼りっぱなしだった愛する男に、『助けてくれ』と頭を下げ懇願されている。

 そんな状況で何もしない訳にはいかないと――シルフィに魔力を送って、癒やしの風でアウグストを包む。


「私も治癒魔法で援助する」

「私は最上級の医療薬品を塗りましょう」

「――お前ら……」


 ダメージの浅いアナにマタ、クララの三人が真剣にアウグストを治療している。


(分かってるはずなのによ……。病で抵抗力も失ってる爺さんには……無意味だろうって)


 病に蝕まれた身体で自己治癒力も失っている。

 どう見ても、生存は絶望的な量の出血だ。


(五体が繋がってただけでも奇跡だ。俺の自己満足に付き合ってくれて……ありがとうよ)


 自分の師匠が最期を迎える時、何もしないで指を咥えて見ている人形なんて嫌だ。

 そんな子供じみた理由でアナに治癒を頼んだ。

 それなのに、全力で取り組んでくれている。

 それが有り難いと同時に――申し訳ない。


「アウグスト様……ッ」

「どうか……ッ。我らには、まだまだ貴方様が必要です」


 薬を全員に投与し終え、徐々に身体が動くようになったのか。

 ヘイムス王国の兵士たちも次々と集まってくる。

 薄緑色に点滅しながら顕現しては消えるシルフィに照らされるアウグストの顔は――微笑んでいた。

 血と泥で汚れながらも、それは成し遂げた男が――安らかな眠りにつく顔に見える。


「馬鹿野郎が……。クララも、あんたを尊敬してるヤツらも全員、置いていきやがって……。人の気も知らずに、なんて満足気な顔してやがるんだよ。鬼畜爺……」


 だから――。


「あんたは恥ずかしがりの武人だかんな。こんな緩んだ顔を見られるのは、嫌だろうからよ……」

「クズ君、そのストールは……?」

「クズ団長殿が、いつも腰に巻いてるヤツだよね?」


 深紅のストールを畳んで、アウグストの顔を隠した。


「……武人の死に顔を、大衆に晒させやしねぇ。約束通り、あんたの死に顔へ巻かせてもらうぜ」


 未だ必死に治療してくれている者たちには申し訳ないが、アウグストの死に顔を見世物にしたくはなかった。


「安心しな。ちゃんと背負っていくぜ。師匠の血も、想いもよ……」


 紅いストールの内側から、ジワッと染んでいくアウグストの血。

 そして外側からも――ポツポツっと雨のような水玉が滲んでいく。


「クラウス、泣いて――」

「――お前ら、動けるようになったなら撤収だ! 血の臭いで他の魔物が来るかもしれねぇッ。警戒を怠るんじゃねぇぞ。ここまでテメェらはたいして働いてねぇんだ! 最後ぐらい役に立てよッ!」


 アナがクラウスに質問をしようとした時、クズは既に立ち上がって皆に指示を出していた。

 いつも通り、憎まれ口を叩きながら――。

 しんみりとしている皆の心に、再度火をつけた。

 こうして一行は国難のドラゴンを退治し、ヘイムス王国の王都へと帰還した――。



―――――――――――

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