閑話 クズと幹部たちの小遣い稼ぎは、やっぱりクズですね

 ヘイムス王国での危機を乗り越え、大八洲へと渡ることになった傭兵団――失落の飛燕団は、いつも通りの危機に陥っていた。

「金がねぇ……。大八洲への船が出る前に、資金も腹も限界をむかえんぞ、畜生が」

 口汚く、団長であるクズが前髪を掻き上げながら顔を歪める。空腹からか、唯でさえ悪い目付きに野生生物のような危険な光が灯っていた。

「それもこれも、大食いの怪力幹部が増えたから」

「う……。ボクのせいで、ゴメンなさい!」

「良いじゃないか。麗しい女性が増えたんだから。僕の心は、以前よりも満たされているよ」

 謝る新幹部、チチをじろりと睨むのは、団の経理を一手に担うマタ。みんなから無視されているやたらと目がキラキラとしたゴリマッチョが、ナルシストだ。

「いざという時は、私を質に入れるという手もある? 一応、五億ゼニーで売買された実績があるし……」

「アナ姉様、それは無理。そんな大金を出すのは、義兄様だけ」

 騎士時代に使えていた元王女にして、思い人であるアナを買った時のことを責められているようでクズは、ウッと呻き声を漏らす。

「か、過去に囚われてんじゃねぇよ、みみっちいな! 今はこれからの空腹をどうするかだろうが! オラっ。さっさと仕事を取りに傭兵ギルドへ行くぞ!」

 過去を振り払う。そう言うと聞こえは良いが、クズは過去から逃げるようにギルドへ向かう足を早めた。

 失楽の飛燕団の幹部四名は、苦笑しながらクズの後を追う。

「それにしても、本当に幹部が増えた。給与事情もマズい。……アナ姉様はともかく、チチまで加わるとは予想外」

「チチちゃん、どうだい? もうみんなの顔と名前、特徴は覚えたかな?」

「うん、バッチリだよ!」

「そうなんだ? 私たちをどう見ているのか、気になるね?」

「そうだな。どうだ? 俺の下僕――幹部たちは」

「クズ君? 今、優美な僕たちを下僕扱いしたかい?」

「私はクラウスに買われた下僕で合ってる」

「アナ姉様は黙ってて」

 クズの問いに、チチは顎に手を当てて少し悩む。そして何かを閃いたのか、パッと表情を輝かせた。

「んー、まだ深くは分からないけど、犬と猫に例えるイメージなら着いたかな!」

「突然だな。でも、良くあるよな。犬っぽいか猫っぽいかに例えるって」

「そうそう。マタさんは猫。アナさんは犬」

「ああ、分かる分かる」

 クズは深く同調し、頷く。そして更に――。

「そんで、クズ団長はサル。ナルシストはバカだね!」

 チチは無邪気な笑みで、そう続けた。

「いや、分かんねぇよ。俺、犬と猿じゃなかったんだが?」

「僕なんて、ただの罵倒だったよ?」

 男性陣が不平不満を抱きながらも、ギルドの扉を開く。

「――お願いします、村を救ってください!」

「本当に無理なんです!」

 受付嬢に号泣しながら縋り付いている男が一人。もめ事の起きている気配しかしない。

「さて、めぼしい依頼は張り出されてるかなっと」

「あ、クズさん! 良いところに!」

「お? このモンスター討伐なんか――」

「――話を聞いてくださいよ、クズさん!」

 クズに縋り付いてくる受付嬢に、チッと舌打ちをする。依頼掲示板の前に立つクズに受付嬢が縋り付き、その受付嬢に泣いて縋り付いている男。汚く連結された馬車のような状況に、幹部一同は距離を取る。

「……なんだよ?」

「こちらの方から依頼があるそうです!」

「……いくら?」

「お、俺の有り金を全て払います!」

「だから、いくら? 内容は?」

「村が四〇名ぐらいの山賊に襲われていて……。報酬は、こちらで……」

 男が泣きながら財布を開くと――そこには一万ゼニー札が、一枚だけ顔を覗かせていた。

「さて、このモンスター討伐依頼の内容を――」

「――ちょっと待ってください! 村が助かれば、もっと払えますから! この間にも襲われているかもしれなくて! 駐在の騎士三名では、何時まで立て籠もれるか分からないんです!」

「……ちっ。村に蓄えてる資産なら、それなりになるか……」

 利益も得られるかもと、クズが話を聞く。 

 要約すると、たまたま仕事で村を出ていた自分は、戻る時に村で家財道具を防塁にして籠城しているのを遠目に見つけた。助けを求める為、小領主がいるこの街に来たが、謁見だけでも半日。更に救援を出すか出さないかの会議にも時間がかかるという。動きが遅すぎて話にならず、傭兵に助けを求めにきたということだ。

 とはいえ、一万ゼニーなど一日土木工事へ従事した方が多い報酬額だ。四〇人規模の山賊を相手できる傭兵なんて雇えない。せいぜい、駆け出し低ランクの傭兵一人が限界。

「成る程な、話にもなんねぇわ」

「ちょっと待って、お願いします!  お願いします、俺の娘も嫁も、村に取り残されたままなんです! 財布ごとあげますから、見捨てないでぇ!」

 男は財布をこじ開けながら、クズに縋り付き助けを乞い願う。

 鬱陶しいなと思いながらも目をやるクズは――見つけてしまった。男の財布の中に、一八歳未満が入ってはいけないお店の半額クーポンチケットがあるのを!

 クズは膝を突き、縋り付く男の耳へ口元を寄せる。

「……そのチケット、どうしたの?」

「へ?……あ、ああ。これは友人に無理やり渡されたんです。自分は妻子持ちだから使えないのに、酔った勢いで押し付けられて……」

「……ふ~ん。さっきさ、財布ごと報酬って言ったよね? 当然、その半額チケットもだよね?」

「は、はい! 勿論です」

 一筋の光明を見出したかのように目を見開く男をジッと見つめた後――クズはキリッと表情を引き締めて立ち上がる。

「村の為に己の財布を全て差し出すという、あんたの心意気に心を動かされた! 良いだろう。俺が、俺一人が依頼を受ける!」

 堂々と、己一人で報酬を独り占めすると宣言した。大人なお店の半額チケットが目当てとバレないよう、他の者を連れていく訳にはいかなかったのだ。

「……義兄様。正気?」

「子を想う親の気持ちに応えるのは、武力を持つ者の責務だ! とは言え、金額的に軍団を動かせば大赤字。俺は一人で行ってくるから、お前らは別の依頼を探し、交渉していてくれ!」

 一方的に告げると、クズは依頼人である男を担ぎ上げギルドから駆け出て行く。

 その背を幹部たちは、胡乱げな瞳で見つめていた――。


 外に出たクズはギルドから馬を借りると、男を積荷のように載せて村へと走らせた。

「あれか!?」

「は、はい! あれが俺たちの村です!――あぁ、俺の娘が……人質に取られている!?」

 見ると、村で籠城していたはずなのに――一人の幼い娘が、賊の人質に取られている。

「なんでアンタの娘だけ防塁を越えて、人質になってんだよ!?」

「わ、分かりませんが……。俺の娘は、無邪気で悪人を見たことも無かったから……。説得しようとしたのかもしれません!」

「バカなのか? アンタの教育もバカなのか!?」

 衛兵も武器を捨て始めており、このままじゃ皆殺しだ。クズは焦った。

 そして――。

「やむを得ねぇな!――来いサラマンダー、ウンディーネ!」

 ――おう! 俺は何をすればいい!?

 ――やれやれ。妾たちも久しぶりに、まともな人助けへと力を振るえる。気合いが入るのう。

「いつもクズな命令でゴメンな! 悪いとは思ってるけど、これからもその扱いは変えねぇ! サラマンダーは防塁を燃やして賊が侵入出来ないよう炎の壁を作れ! ウンディーネは水で賊どもの足を洗え!」

 久しぶりの人助けに気合いの入った大精霊たちは、『任せろ』とばかりにその力を存分に発揮する。賊と村人を隔てる炎の壁が出現。足下には轟々と洪水が起こり、流されていく。

 そしてクズは――。

「――ひゃっはぁあああ! 汚物は命ごと洗濯だぁ!」

「うわぁあああ!?」

 村人の男を担ぎながらウンディーネの水流に載り――あっという間に人質になっている娘を水流から助け出した。

「ふぅ……大丈夫だったか?」

「う、うん! ありがとう、お兄ちゃん!」

 水と炎を消し、村へと戻ったクズは担いでいた幼女と父親を降ろす。嬉し泣きする父親に撫でられながらも、幼女はキッチリとクズへお礼を言った。

「さて、報酬だ。……分かっているな?」

「勿論です! ああ、本当にありがとうございます! お約束通り、財布ごと持って行ってください!」

「へっ。良いんだよ。契約に基づく正当な報酬だ、受け取るぜ」

 約束通り、差しだされた財布ごとふんだくるが――クズは中身をよくよく確認して、動きを止めた。

「――期限切れ……だと?」

 一八歳未満が入ってはいけないお店の半額チケットは――半月前に、その有効期限が訪れていた。

「ふ、ふざけんなよぉおおお!? なんで期限切れなんだよ、捨てろよ!? こんなん、詐欺だろう!? なぁ!?」

 よく中身を確認しなかった自分の責任を棚に上げ、クズは男へ縋り付いた。それは、ギルドでの二人と真逆な構図だった。

「……義兄様。やっぱり」

「クズ君……。君ってやつは……。はい、君の借りている馬だよ。ダメだよ、放り出したら」

「――なっ!? お前ら、なんでここに居るんだ!?」

 そこには――別の依頼をこなすように命じたはずの幹部たちが揃っていた。全員が馬に乗り、クズを追ってきたようだ。

「義兄様から、怪しい気配を感じた。女遊びする気配。……隠れて追ってきて、正解だった」

「クラウス、女遊びはダメ。するなら、私がいる」

「そ、そんな……。それじゃあ、俺は……。いつ、どうやって童貞を捨てられるってんだよ……」

 かつての主であり、想い人のアナに――経験なしで相手なんて頼めない。失敗して幻滅されたらと考えると、クズは胸が張り裂けるような痛みに襲われるからだ。

 項垂れるクズだが、そこへ申しわけ無さそうに――。

「あのう……。この度は、ありがとうございました」

 水に濡れた村長らしき老人が、3名の騎士を伴いやって来た。

「お礼も挨拶も良いから、一人にして……。今日はもう、俺の心が折れたから閉店――」

「――いえ、そうはいかぬのです。大変申し訳ないのですが……。村をご覧の有様にしたのは、貴方様ということになるそうで……」

「……へ?」

「その通りです。王国法に則り、貴殿には村の修繕費用が請求されます」

 騎士も諸悪の根源は賊だと分かってはいるのだが――家財道具を燃やし、村の建物を洪水で壊したのがクズによる精霊術だというのは見ている。法に則り、修繕費を請求せざるを得なかった。

「ふ……ふっ!」

 ふざけんな、と叫ぼうとした時――クズに幼女が抱きついてくる。先ほど人質から解放した娘だ。

「お兄ちゃん、ありがとう! お家は無くなっちゃったけど、命を助けてくれて、ありがとね!」

 ジワッと、クズの瞳が涙に濡れていく。

「お兄ちゃん? 泣いてるの? 悪い人に虐められた? メッて叱ってあげる!」

 無邪気に心配してくる幼子に――クズの怒りは、行き場を失う。

 そして幼子の頭を撫でてから離れると、馬に跨がり――。

「山狩りじゃぁあああ! 待ってろ、すぐに貯金箱から家の修繕費と俺の取り分を持ってくるかんな!」

 血走り、赤く染まった眼で――盗賊たちが流されていった方角へと馬を駆けさせる!

「クズ君、どこへ行くんだい!?」

「俺には弁償する金はねぇ! そもそも馬を借りた時点で赤字だ!――山賊が他の村から奪った金銀財宝を根こそぎ奪うぞボケ!」

「クラウス? それは――」

「――山賊が誰々からどれだけ奪ったのかなんて、記録も証拠もねぇんだよ! 奴等の奪ったもんは、落とし主の存在しない落とし物と同じ。権利は取得者のもんだ!――つまり、山賊の根城は俺の貯金箱だ!」

「義兄様……やっぱりクズ。女の子のお尻を追いかけてるから、そうなる」

「うるせぇ! テメェ等、一ゼニーたりとも逃がすなよ!?」

 呆れたようなマタの言葉を切り捨てながら、クズは血眼で涙を溢れさせる。

「やっぱり、ボクの予想通りだったね。クズ団長は――サルなのだ!」

 ギルドに入る前、印象を猫か犬かで語っていた時を思い出し、新幹部のチチは笑う。

「ねぇ? それだと僕はバカってことに――」

「――無駄口をたたくんじゃねぇ! 金の足音に耳を研ぎ澄ませろカス共ぉおおお!」

「……賊を金って言い切った。義兄様、クズだ」

 捨てるのは名残惜しかったのか。それとも怒りのやり場がなかったのか。

 手綱を握るクズの手では、期限切れの半額クーポンが握り潰されていた――。

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