14話

 思った以上だった勝の反応に、チチは若干――引いていた。


 自分自身は怪力のギフトによって加減が出来ない関係から、修行を受けた末に鍛冶場での才能は無しと判断され、遠く離れた地にある拳法道場へと養子に出されていた。


 結局、拳法道場の義理親とは相性が悪く親子関係とは認められず、チチは売られてしまったが。


 しかし養子に出されて以来、実の両親と会っていないし――父親の名前だけでこんな大仰な反応をされても戸惑う。

 チチにとっては、職人気質な唯の親でしかないのだから。


「え? 勝さんは知ってるの、ぼくの父さんを? うわぁ~偶然ってすんごいね」


「知ってるもなにも……。ここ最近、急速に名を上げた鍛冶士だぜい? 大八洲三大名工の1人。反政府筆頭の長門藩へ逃げた、あの明智清麿を知らねぇ武士はもぐりってもんよ?」


 そこまでの有名人だった事に驚く。

 だがそれ以上に、チチを驚かせたのは――。


「え!? 父さん東都から逃げちゃったの!? 長門藩って!?」


 自分の生家――東都とうとから父親が逃げだしたと言う事実だ。


 生まれ育った家と――『食費が足りん!』と両親揃って頭を抱えていた食卓での光景が、チチの脳裏に過ると同時に消えて行く。


 チチは学問に長けておらず、大八洲の地理にも明るくない。

 長門藩と言われても、何処にあるかすら分からなかった。


「ああ、長門藩はな。豊川幕府を潰そうとして、この間ボコボコにやられた藩だ。これから向かう西都にも、倒幕を目論んだ活動をする大量の藩士が潜んでいるだろうな。ちなみに長門藩は、数日前に通過した場所でもあるな」


「素通りしちゃった!? でも、ま~いっか! 今更、養子に出されたぼくが出戻りした所で両親ともに困るだろうしね! 今はお金あるみたいだけど、昔はお金ないのにぼくが腹ぺこのせいで迷惑も沢山かけちゃったし!」


 機会があれば会いたいとは思うが、もう養子に出されて縁が切れたも同然。


 大陸に居れば、一生会うことは無いと遙か以前に割り切っていたからか――チチの反応は、淡泊なものだった。


「残念だったな、チチ。まぁ親子の面倒事は、俺のいない所でやってくれ。家に帰りたくなったら言えよ? 失落の飛燕団は、帰る家が他にあるなら退団も自由だかんな!」


「ぼ、ぼくをもっと引き留めてよ!? ドラゴン退治でも頑張ったし、幹部にしてくれたじゃん!?」


 しかしクズの淡泊な言葉は、新たな居心地の良い場所を得たと思っているチチにはショックの大きなものであった。


 悪気があっての言葉ではないと分かってはいるが、思わずクズの頭に突っ込みのチョップを入れ――畳にクズの顔面がめり込んだ。


 加減の効かない怪力っぷりである。


「クズさん、運命ってのは数奇なもんだなぁ。……クズさんは長門藩を避けたいようだが、そうはいかねぇだろうよ」


 耳さえ出ていれば声は聞こえるだろうと、勝はクズに話かける。


 クズは畳に顔面を突っ込ませたまま『なんでだ?』と問う。


 畳を揺らし、くぐもって聞こえるクズの声は――こんな状況は慣れたものと平静そのものであった。

 苦笑しているのは勝のみで、何食わぬ顔で茶を啜る他の面々。


 その異様な光景に、勝のこめかみから汗がポタッと一滴、畳へ落ちる。


「おいらの依頼を成し遂げるには――その長門藩、そして黒霧藩くろきりはんって所が鍵になる。避けては通れねぇぜ?」


『どうしてだ? もう通過した国だろ』


「長門藩はな、良い港を持ってるんだよ。それで密やかに大陸の国や諸藩と貿易をして、財政はがっぽがっぽよ。そして黒霧藩は鎖国、豊川幕府の統治下で安定している中でも人口の3割が武士――兵士というぶっ飛んだ戦力を保持し続けてるんだ。こいつは他の藩の3倍以上だな。当然、伝統的に武技系統の天賦――そちらさんで言う所の、ギフト持ちも多いんだよ」


 そこまで耳にして――クズは畳から顔を出す。

 真面目な話を変顔でもして聞いてやろうかと思っていたが、どうやらそうもいかない――今後の安全にも大いに関わる話のようだと身を正す。


「成る程な。金の力と暴力を融合させて、暴走で求心力を失ってる幕府を潰そうってか。……しかし兵士が3割か。それは純粋に3倍の兵力ってだけに留まらなそうだな」


「その通りさ。心根から強さこそ正義、武に生き武に死ぬってのが民には身に付いている。一刀に全力を込め、相手の刀ごと叩き斬る。二の太刀要らずの剣術が流行るぐらいには、命を賭けて戦場に向かう精神が植え込まれてるんだよ」


 その姿を想像しただけで、クズは気分が萎えた。


 捨て身同然、己の身は戦場で使い捨てられる武器と一緒だと言わんばかりの剣と精神。


 アナント王国から追放されるように傭兵になって以来、縛られず自由に生きたいと考えているクズとは――考えの根本が水と油だ。


 クズは犬の真似をしてでも生き延びたいし、自分のやりたい事の為なら戦う。

 だが誰かの命令で嫌々戦うなんてゴメンだし、危険な戦場からは尻尾巻いて逃げるタイプだから。


「それはまた……。死兵か。死ぬ覚悟を決めて戦場に向かう奴は面倒なんだよなぁ。なぁ、アウグストの爺?」


「その黒霧藩の兵士とは、味方になれば美味い酒が飲めそうだ」


「俺はとてもじゃないが、美味い酒は飲めなそうだ。気が合わねぇむさ苦しい相手と飲むとか、拷問だな」


「美味い酒を飲んでもらわにゃ困る。なんせ、西都に着いて一番最初に頼みたいのが――犬猿の仲にある長門藩と黒霧島の同盟締結役なんだからよう」


「うっへぇ。命の危険は少なそうだが……無茶を言うぜ」


「無茶な話でもねぇさ。何処の藩からのしがらみもないクズさんだからこそ、フラットに両者の間に入れるかんねぇ。長門藩士は倒幕の同志を増やそうと画策している。黒霧藩は先の長門藩征伐での功労者だから、そりゃもう街で会うだけで斬り合いになってもおかしくねぇ現状。だがこの2範が、今後の大八洲には必要なのよ。――クズさん、成功報酬は弾むぜ?」


 クズは万年金欠だし、武勇を誇るタイプでもない。

 どっちとも気が合わなそうだから――他の団員と協力(押しつけ)て依頼を乗り切ろう。


 そう心に決め、旅籠の夜は更け寝静まった――。

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