5話

 エドと約束していた話が脳内に溢れる。


 それはもう最高に美しい女性達が最高のサービスで極楽を提供してくれるお店に……特別待遇会員……。


 ――え、行けなくなるの?


 ガラガラと音を立てて崩れる童貞卒業プログラム。


「……やっぱ性急に事を運ぶのはダメだ。うん、報連相は大事。この書類は何日か保留ってことで……」


「――もう無理だよ。私は呪われているから、一生外せないの」


「――あ、そう……ですか」


 クズは俯いた。

 見えていた童貞卒業の未来を失った失望で。


 ――まぁ、いいか。


 クズは目先の自由な性欲より、自分の胸を満たす多幸感に浸っていると――。


 ――ちゅっ。


「――…………っ」


「――クラウスの初めて、貰っちゃった。すごく、嬉しいっ。――約束果たしてくれて、ありがと」


 弾むようにご機嫌な声で、アナが言った。


 ――クズのファーストキスを奪った後に。


 クズは固まって動かない。

 瞬き一つすらしない。

 できない。


「お慕い申し上げています。ご主人様っ」


 そんな想い人と交わした人生ファーストキスに、クズは――。


「――……ちっ」


「……ち?」


「――痴女よぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 動転しながら顔を真っ赤に染め、破顔し叫んだ――!


 クズの女当たりが限界を超え、まるで乙女のようになった瞬間である。


 二人にとって思い出の丘。


 ザッと潮風に靡く草々。


 風でふわりと靡いた煌めく銀髪が『楽園』を創る。


 雄大に広がる世界。

 かつては何をしても虚しさと息苦しいまでの狭さを感じた世界。


 そんな世界が、いまや最愛の人がいるという『楽園』の鳥籠へ一変した。


 居るべき鳥籠を奪われ、過去に囚われつつ空を渡る自由な鳥を目指して生きてきたクズ。


 そんなクズを、銀色の髪が優しく包み込む。今までの悩みも、何もかもを共有するように。


 雨雲が去った、雨上がりの朝焼け。


 陽光が煌めく大きな水溜まりには、オレンジ色の空と――二人の幸せそうな男女が映っていた。



―――――――――――

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