4話

「なんじゃそりゃ。初めて聞くぞ、そんな間抜けな言葉。……今度は、俺がアナのご主人様だ」


 クズの声が湿ってきた。

 それは罪悪感からなるものか、あるいは多幸感故にか。


「嬉しいっ……私、嬉しい、んだよっ……ッ!」


「……今まで、本当にすまなかった。――三年遅れたけど……ただいま」


「――おかえりなさいっ」


「ああ、もう! ぜってぇ離さねぇから、覚悟しとけよ」


「――そんな覚悟、する必要ない。何年も前から、用意できてるよ……っ」


「……俺は、アナの知ってる時と変わっちまった。人の汚さに触れて……クズになった。それでも、ついてきてくれるか?」


「関係ない。……表面がどれだけ変わっても、本質は変わらない。だから、何があってもついていく」


「……そうか。何せお前は、一生俺の奴隷……なんだからな」


「例え奴隷じゃ無くても、捨てられても! 私はもう、一生離れないから……っ」


「――そうか、そう、か。……アナ、好きだ」


「――私も、それ……だよ」


「あ? それって、なんだよ?」


「恥ずかしいから、言わない」


「……アナ、ちょっと気が早いが、主からの命令だ。――俺の夢を叶えさせてくれないか?」


「夢……?」


 そういうと、クズは恩賜の剣をアナに渡し――アナの前に跪いた。


「なに、これ……? どうしたらいいの?」


「騎士号授与だ。見たことあんだろ?――俺の夢は、女王になったアナの騎士になることだったからな」


「――そっか。じゃ、私も正装……は無理だけど、せめてサラシをとって変装は止める。素の私でやる」


 するすると背を向けサラシをとる姿は、美し過ぎて淫靡な気持ちすら湧かない。


 芸術であった。


 脱いだ服に再度袖を通し、身形を整え振り向いたアナの姿は、確かに凄かった。


 豊満ではないが、マタほど小さくなく存在を主張する胸部。


 丁度よく均整の取れたそのサイズが、彼女の気品と神聖さを増していた。


「準備はいい?」


「ああ、いつでも来い」


 スッと恩賜の剣を抜いたアナは、首を垂れるクズの首筋に剣を置き――。


「汝、クラウス。そなたは我が騎士として――私の主様として、永遠に傍にいてくれる事を誓う?」


 立場が逆な言葉に、クズは微笑みながらも返答した。


「永遠に貴女だけの騎士となり、俯く視線を、未来を見るのが楽しみで仕方なくする事を主に誓います。今度こそ、弱い精神は主に支えてもらい、武力で主を護ります。……俺一人では翼は足りず、巣立てなかった。だから、もう片翼を永遠に傍におく。一心同体となり自由に愉しむ。――俺の最も大切な片翼に、誓おう」


「――よろしい。クラウスを騎士兼、私の主様に任命する」


 雲間から太陽が覗き――薄明光線が二人を照らす。


 太陽でさえ、二人の再会を祝福していた。


 二人が微笑みながら騎士号授与を行っている姿は――ヘイムス王国から帰還した時に、家族が三年の歳月をかけて書いてくれた絵画にそっくりであった。


 アナはスッと恩賜の剣を鞘に戻すと、立ち上がったクズへ返す。


 クズは片手でぞんざいに受け取ると、再び腰に帯びながら照れくさそうに頭を掻く。


「ったく、締まんねぇ叙任式だな。……奴隷っつう世間体から、辛い思いもさせるかもしれない。それでも、俺に『その』感情を向け続けてくれるのか?」


 彼女にとっても、クズが騎士となることは夢だったのだろう。


 溢れる喜びを抑えきれず、再びクズに抱きついて――。


「――ぅんっ、うんっ! ご主人様のお世話も管理も、奴隷のお仕事。――だから、城下街で女遊びなんて、絶対させないよ」


「――……ぇ」

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