3話

「当然のこと。クレイベルグ帝国としては、これ以上私を抱えるのなんてリスクでしかない」


「――ざけんなッ! 若い女の奴隷って行ったら、行き先は女を使い捨てにするギルドにも所属してねぇ娼館か、貴族の遊び道具じゃねぇか……ッ!」


 クズは怒りを顕わに城へ戻ろうとした。


「クラウスが伯爵に会おうとしても、もう無理だよ」


「――っ!」


「昨日が特例。本来、領主と会話なんて、正規の手続きして何ヶ月も待って……それでも出来るかわからないものなんだから」


「ぐ……っ!!」


 アナのもっともな指摘に、クズは歯がみして悔しがる。


 ――また、自分は何も出来ないのか? 大切な想い人を、護れないのか?


 だったら、危険な賭けでも身勝手な自由でも良い。一か八か連れて逃げ出して――っ!


「……はい、これ」


 アナが恐る恐る、クズに一枚の書類を手渡した。


「――所有権移転登記……?」


「ぅん……」


 書類に眼を通すと――――売買の対象はアナ。


 売主として、ゲルパルド・ライヒハート伯爵のサインと、領主である伯爵の決済印が既に刻まれている。


 あとは買主のサインと支払い時に渡される売買証明書があれば、所有権は正式に移る。


 売値は――五億ゼニー。


「――伯爵に必ず渡すよう命令された。……でも、私に五億ゼニーの価値なんてないから、だからその書類は――」


 ――捨てて。


 そうアナが言うより早く、クズは懐から新品の『万年筆』を取り出す。


 止める間もなく、買主の欄に自分の名前を書き殴った。


「このための筆記具贈呈か。――ったく、あのおっさん人のいい顔しやがって。端から一ゼニーたりとも寄越す気はなかったんだな。全部掌の上かよ。やってくれるぜ」


 やられたと笑いながら、クラウスは記入した書類をアナに手渡した。


 何故、伯爵は万年筆などという筆記具を贈ったのか、やっと腑に落ちた。


「クラウス……っ」


「アナ、これを伯爵の元に手渡して――必ず帰ってこい。お前は、俺のものだ」


「そんな格好つけてっ! 本当にいいの……? 五億ゼニーもあれば、一生遊べるんだよ!?」


 アナのその指摘に、自分が格好つけた自覚があったクズは照れながらも――。


「俺を誰だと思ってんだ。――俺は、『クズ』だぞ? 金で全てを解決するし、欲しい女も買う。アナは、これで一生俺といなきゃなんねぇ契約だ。……覚悟しろよ?」


「――……クラウスっ!」


 涙をホロホロと流しながらも満面の笑みを浮かべるアナが、クズの首元に抱きついた。


 もう離さない、とばかりに強く頬ずりする。


「ありがとう……ありがとうっ! 私を迎えに来てくれて、ありがとう……!」


「待たせた上に格好悪くて……悪いな。おいおい、止めろよ涙なんか。苦手なんだよ、そういうの。ほら、俺って人情家じゃん?――だから貰いゲロもするし、もらい泣きだって、しちまうんだよ……っ」


 瞳から溢れ出る涙が、朝日を反射していた。


 アナの頭に押しつけたクズの頬が、幼い頃二人で採ったリンゴのように赤い。


 それは登ってきた太陽が彩る朝焼けか、それとも照れや興奮から紅潮しているのか――。


「――クラウス、白馬に乗った私の――ご主人様」


 白馬に乗ったご主人様という珍妙な言葉に、クズが破顔する。

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