2話

 少なくとも、戸籍上は存在しないことになっている。人間では無く、物扱いだ。


「アナが生きていたという事は、もしかしてエロディアも……」


「……ごめん。エロディアちゃんは、わからない。でも、お父様達が処刑された時にはいなかった……」


「そうか……。いや、死んだと決まった訳じゃ無いだけよかったよ。ありがとう」


「エロディアちゃんがどこにいるかはわからない。けど、私と血縁のあるクラウスがどこに居るか。何をしているのか。それは、いつも風の精霊が教えてくれた」


「――風の精霊?」


「そう。――シルフィ」


 アナが呼ぶと、精霊の影が一瞬僅かに輪郭を表して消えた。

 アナの魔力保有量と練度では、精霊を顕界させ続けるのは難しいらしい。

 薄らと汗ばんでいる。


「そう、だったのか……あの時、風にのせてアナの声を届けてくれたのもシルフィが……」


「すぐ来てくれると思っていたのに、薄情者」


「それは、本当に済まなかった」


「他の女の子ばっかり追いかけるスケベ。私を忘れる為でも、女遊びはダメなんだよ」


「ちょっと待って下さい、どこまで見ていたんでしょうかね?」


「秘密」


「いや、怖いんだけど」


「想い人に対して、酷い言いよう」


「それは、ライヒハート伯爵にはそう言ったが……」


「……違うの?」


「……いや、違くはない、けど」


 今のアナはライヒハート伯爵の奴隷であり、しかもかなり丁重に扱われている。


 傷一つない艶やかで健康な姿を見ると、それは間違いない。


 だから、自分が変なことを言って今のアナの生活を変えてしまうことは間違っていると思った。


 奴隷が勝手に逃亡すれば、厳罰を受ける。人権はないのだから、殺されても文句は言えない。


「…………」


 だから、クズはアナに伝えたい淡い想いを――全て飲み込んだ。


「……このまま、一緒に生きられたら、いいよね」


「――それは……っ」


 自分だって、そうしたい。


 だが、奴隷の逃亡や略奪。


 これが上手くいくかと言えば――上手くいくはずが無い。


 自分の素性は完全に知れている。


 ――もし、ここでアナを奪い去れば――詳細な手配書が各国に行き渡る……よな。そうなれば、またアナの安息の地をなくしちまう。


 危険な賭けに、今を健康に生きているアナを連れて行けなかった。


「――俺は、居心地の良いところを飛び続ける渡り鳥だ。アナの拠り所になれる立派な存在じゃない」


「そう……」


「……すまない」


 しばしの沈黙が場を包む。


 クズだって、本当は連れ去りたかった。


 だが、護り抜きたい彼女の安全のために、『身勝手な自由』を捨てた――。


「……私の正体はね、城では伯爵とエドぐらいしか知らないの」


「そう、なのか」


 ――エド、秘密にしてやがったのか。……ぶっ飛ばす。二度ぶっ飛ばす。


 心の中で裏切り者への制裁を誓うクズ。


「私は、万が一クレイベルグ帝国による統治が安定しなかった時のために生かされてきたの。でも、治政は順調。もう安定してきて、私は用済み。……もうすぐ、奴隷市場に流されることになってる」


「――何だとっ!?」

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