第14話

 クラウスは立派なアナント騎士鎧を脱ぎ捨て、市民の服を着込んで二本の剣のみを背に隠し持ち城を脱出した。


 多数いた脱走する市民とともに、両手を挙げて敵軍の兵士に投降を呼びかける。


「投降します。この通り、武器も何もかも差し出します」


「……またか。国際戦時協定に基づき、捕虜として認める。おい、お前。こいつらを連れて行け」


 既に慣れたものなのだろう。


 クレイベルグ帝国兵は面倒くさそうに、捕虜として連れて行くよう命じた。


「はぁ……。おい、お前等はぐれんなよ。はぐれて死んでもしらねぇぞ」


「……これが、クレイベルグ帝国軍の陣中か」


 クレイベルグ帝国陣中に入ってみて分かった。


 既に戦勝モードであり、警戒は緩みきっている。


 兵達は誰も彼もが談笑し酒を飲み酔っ払っている。


「なんていう規律の甘さだ。隙だらけじゃあないか。……これ程、俺達は見くびられていたのか……どうせ奴らは攻めてこないと……ッ!」


 クラウスは敵兵の監視が薄くなった隙を突いて――捕虜の列から逃走した。


 闇夜に紛れて逃げるクラウスに、気が付く働き者はいなかった――。


「誰も彼も酔って寝て、夜襲もないと踏んでいるのか、監視も居眠り。舐められたものだ……っ」


「――ん? なにも……ッ」


「――俺の剣は、返して頂く」


 陣中で鹵獲武器を保管するような場所は解っていた。


 見張りの兵を一人、音もなく絞め殺すと、恩賜の剣を探して抜き取り素早く立ち去る。


 敵陣を抜け出したクラウスは、王都へ向かって走った。


 クラウスとて自分が無謀な我が儘を言った事はわかっていた。


 軍議の場で将兵の命を危険に晒すような提案をしたことは理解していた。


「待っていてくれ、エロディア、マルター、義母さん。……アナ。必ず、約束を果たす!」


 だからこそ、ゼロよりは一。

 せめて発案者である自分一人だけでも降伏せず抗戦したいと、単身王都防衛のために走っていた。

 王都には彼が護りたい人や場所が沢山あるから――。

 

 王都を目指し走り続ける中で、クラウスは後方拠点の駐留軍と合流しようと考えていた。


 ――しかし城塞都市より後方にあった都市や砦、町や村はどれも、既に敵軍の手に落ちていた。

 クラウス達が籠城している間に、すり抜けた別働隊の手によって既に陥落していたのだ。


 実際に自分で見て分かることだが、城塞都市は孤立無縁状態であった。


 そう考えると、父が条件を交渉したうえで降伏を選択したことは正しい選択のように思えた。


 道中、村や町に寄って食料を分けて貰おうかと考えていた。


「これは……酷い。何という有様だ……。これが、戦に敗れ祖国を蹂躙されるということか……っ」


 だが、既にクレイベルグ帝国兵によって略奪、蹂躙され尽くし、寂れた状態を見ては――とても食糧を分けてくれなど言い出せなかった。

 自国を、自国民を護れなかった己の無力さを感じながら走り去った。


 クレイベルグ帝国兵に見つからないように迂回しながら進む。


 道中で野草や木の実を食べて、沢の水を飲みながら――どれだけ走っただろうか。

 足の裏の豆がいくつ潰れたのか。

 擦り切れ出血が多すぎて、既に数えることもできない。


 体中泥で汚れ、疲労と栄養不足で見る影もないほど痩せこけボロボロになった肢体を引きずりながらも、クラウスは王都へ辿り着いた。


 王都は、まだ陥落していなかった。


「城門は、まだ無事か……ッ。よかった。――必ず王城へ戻る。エロディア……アナ……っ」


 王都周辺には多数のクレイベルグ帝国軍が城を包囲していた。


 何とか王都内部へ入り込もうにも、完全包囲のうえに兵は殺気立っているのが目に見えて分かった。


 とてもではないが、堅牢に籠城している王都へ入り込む術などなかった。


 クラウスは日中は近隣の山中に潜り込み、夜に忍び込む隙を覗うことにした。


「クソ……。とてもじゃないが、閉門された王城へ忍び込めない。単独で城門に向かっては怪しまれる」


 クラウスが夜、何度も危険を覚悟で敵陣に忍び込む。


 密やかに武器庫から帝国の防具を拝借しては城門を仰ぎ見る。


 それでも結局近づく術も見つからず、防具の数を管理する者にバレないよう元に戻しては排泄するフリをして山へ帰るの繰り返しだった。


 隙を見て城門へ近づけないか試みて数日後――その変化は起きた。

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