5話
溢れ出るクラウスの怒気。理性を忘れた激情を感じ取ったマタが、義兄の心が闇に飲まれ暴れだす前に慌てて代わりに答えた。
「お、御言葉に甘えさせて頂きます! 数々のお心遣い、誠にありがとうございました」
ライヒハート伯爵からの提案を何度も無碍に断れば、居並ぶ者達から反感を買う。
そうなれば全員の身が危うくなると判断した。
義兄の代わりに答え、そして会話を打ち切る方向へ持って行った。
「よろしい。――大義であった」
ライヒハート伯爵も、ある程度はお見通しだったのだろう。
楽しそうに笑みを浮かべ、玉座の裏にある扉から悠然と立ち去っていった――。
否応なしにライヒハート伯爵の提案通り、饗宴に参加せざるを得なくなった。
緊迫した恩賞授与式が何とか終了し、一同は胸をなで下ろした――。
そうして夜がくると、晩餐会会場へ案内された。
失落の飛燕団はアウェーの場で仲良く一塊となり、立食形式の晩餐会を楽しんでいる――かと思いきや、それぞれ自由気儘に行動し食事にナンパに勤しんでいた。
そこは彼等らしいと言えるだろう。
そんな各々が独自の方針で楽しむ晩餐会の中で――クズは料理と酒を一通り取った後、一人でテラスに移動し城下街を眺めながら気だるそうにしていた。
集団が盛り上がる宴の中、クズは完全に手持ち無沙汰だった。
「帰りてぇ……」
クズの胸中は、その一念に尽きる。瞳は既に腐って濁りきっている。
人気のないテラスで「早く終わらねぇかな」と鬱々と祈り続けることが精一杯であった。
「――あまり晩餐会を楽しめてはいないようだな」
そんなクズの前に、ライヒハート伯爵がワインを片手にやってきた。
後ろには専属従者なのか――顔全体を覆い隠す艶やかな黒髪に、マスクを着けたメイドを控えさせている。
スタイルは良いが、髪とマスクのせいでモサイ。
よく見れば、謁見前にナルシストの自信を粉砕したメイドだ。
なぜこんなにもモサイ格好をさせるのか。
まあ、貴族の中には連れるメイドが自分より目立たないよう、あえて地味な服装をさせる。
顔も隠させる奴もいたような気がするな。
そうクズは独自解釈した。
「彼女が気になるかね?」
そんなクズの視線から言いたいことを察したのだろう。
ライヒハートが微笑みながら尋ねてきた。
「ええ、まあ。顔を徹底して隠させるのは、伯爵閣下の趣味ですかね?」
人の良い笑みで問うライヒハートに、クズは屈折した返答を返した。
「はっはっは! 趣味という訳ではないよ。彼女は私の奴隷でね。勿論、お気に入りであるからこの場にも連れてきているのだが……ここで顔を出すには少し不都合があってね」
「成る程。人間として扱われないことが多い奴隷が、晩餐会で伯爵の傍で目立つことは恨みを買うことになりますわな」
彼女のためを思えば、顔を隠して控えさせていることこそが一番の処遇なのか。
改めて宮中の嫉妬や面倒な上下関係に辟易した、
「――さて、そういう訳で、今ここにいる人間は我々二人だ。君の本当の名前は、エドガー・べーレンドルフ騎士爵より報告を受けているよ。『最優の騎士』、クラウス・ヴィンセント卿」
ライヒハート伯爵のしゃべり方からは、揶揄のニュアンスは感じ取れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。