第18話
「……これは?」
「塗り薬。消毒もできて、傷の治りも早くなる。私は薬師だから、品質は保証する」
「薬ですか!? そんな、でも薬なんて高価なものを買うお金は……」
「お金はいい」
「そんな訳には……」
「私は自分より綺麗かもしれない女性が嫌い。本当は今すぐ、貴女も虐めたいぐらい。だから、借りも作らないし、作らせない。これは交渉。その薬の対価として、義兄様を十分テンパらせてきて。しばらく女遊びしようなんて思わない程に。……でも、絶対に義兄様に懸想しないで。そんな事になったら、貴女の股間から汚い棒が生える薬を飲ませる」
マタの目は優しく、僅かに微笑んでいた。戸惑っていたメイドも徐々に事情を把握したのか――。
「――はい、わかりました! 本当に、お義兄様の事が大好きなんですね。ありがとうございます!」
「当然のこと。御礼は、義兄様に」
「わかりました! ギルバート様! お昼は本当にありがとうございました! 出会えて良かったですっ。ぎゅ~っ!」
「ハッハァアアアアアアンッ!? ふぇえええええええっ!? そそそ、そうだね、よかったね!」
自分達のクズ団長、あるいは召喚主が狼狽し困っている姿を肴に、仲間や精霊達は酒を美味しそうに飲んでいた――。
「――ふん、面白くもない! ごろつきに無能どもめが!」
貴族の男性は宴に参加もせず、自分の馬車の中で上質な食事とワインを味わっていた。
そんな中でコンコンと馬車の扉をノックする音が響いた。
「ん? 誰だ。ワシは今、機嫌が悪い! くだらない要件なら明日にしろ」
言葉を聞かず、馬車の扉はメキメキと音を上げ――扉が外された。
「な……っ!?」
ヌッと異常に筋肉質な男と、無表情で小さな女性が馬車に入り込んできた。
「夜分遅くに失礼します。僕は失落の飛燕団のナルシス・ジュアットという者です」
「私は、マルター。でも、覚える必要は無い」
「ふん、ごろつき共の一人か! 貧民如きが私に気安く話しかけるな。早くドアを直せッ!」
「すいませんね。一つ疑惑が晴れればすぐに僕は消えますよ。――貴方は、自分の配下の方々を人間でないように扱ったときいたのですが……本当ですか?」
爽やかな笑みでナルシストは問う。
その問いに、心底不快そうに貴族は答えた。
「それがどうした! 全く、奴らは身分も弁えず……ッ! 使ってやってるだけでも感謝すべきなのに、少し強く言われた程度で命令に従わず! 全く、恩知らず共がッ!」
「そうですか、事実ですか――なら、僕は貴方にこう言いますね」
「なんだ!?――ひっ!」
持っていた馬車の扉を貴族の目の前でバキリと握りつぶすと、貴族は悲鳴をあげ後ずさった。
「もう一度、同じ事を民にすれば――次は貴方の頭をこうしてあげますよ。では、僕はこれで」
最後まで爽やかな笑みを崩さず、ナルシストは去って行った。
何もされなかったが、ナルシストが笑っていただけに――貴族の男は彼の脅迫により恐怖した。
「お、お前も……ワシを脅すつもりか!?」
「脅し?……どう受け取るかは貴方の自由。私は、いつでもあなたのワインをこうできる」
すっと魔術杖を翳すと――血の色のようだったワインは、毒々しく香りはツンと鼻粘膜を痛めつける。
「これは毒か!? 貴様、このワシを暗殺するつもりか?」
「そんなつもりはない。今のところ。――私は貴方から無事に報酬を受け取れればなんでもいい。私は自分が強者と思って虐めをしていた人が、逆に虐められて苦しむ様を見るのが好き。それだけ」
「なっ……どういう……っ!?」
ワイングラスが途端に爆散した。
吹き飛んだガラス片は貴族を傷つけなかったが――中身を浴びた貴族の男性は自分の口から声が出ず、手足も動かない事を自覚した。
「――……っ」
助けてくれと言うことも、殺すつもりなのかと問う自由すらない。
「私はどこからでも貴方を狙える自由な傭兵。そして外道と非道は違う。せめて道の上を歩くよう改めなければ、貴方が口にする全ての物がいつ毒に変わるか解らない。次は、ワイングラスじゃなく貴方の頭が吹き飛ぶかもしれない。これからは、気をつけて生きて。ん、怯えた良い顔。これが見たかった。あと、これは忠告。――あなたが唾を吐いた相手。私のお兄様は、私よりもっと残虐。あの場は、仲間を食わせるために耐えたに過ぎない。あれが依頼中の出来事じゃなければ、貴方は今頃、生まれた事を後悔していた。せいぜい、気をつけるといい」
それだけ言い残して、マタも去って行った。
結局、貴族の男性は何一つ言うことも出来なかった。
証拠品も存在しなかったように消失させられてしまった為、後日になって咎める事も出来ず――貴族の男性は心を叩き折られ恐怖した。
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