12話

「あん? おいおい、その豊川秀茂とよかはひでしげってのは本当に人間なんだろうな!? あんな瘴気、魔域に居る危険な魔物やら何やら……人外な超常の存在が纏うもんだぞ!?」


「んな事を言われてもよぉ……。確かに、大八洲にも魔物は居る。おいらだって幕臣として魔物討伐に赴いた事があるが……。あんな瘴気を持つ魔物は知らんぞ?」


「それなら、こっちには魔域がねぇようだな。大陸で魔物が発生する根源って言われる場所には、あんな瘴気を漂わせる存在がウヨウヨ居る場所があんだよ」


「するってぇと、将軍様は魔物だって?――冗談言っちゃいけねぇ。あの方は由緒正しき将軍家の生まれで、将軍就任までも赤子から大人まで人間と同じように成長したんだ。……おかしくなっちまう少し前から、身体は弱かったがなぁ」


(人間と同じように成長する魔物が居るとは聞いた事がねぇ。……それならおかしな精霊かなんかと契約を結んだとか、か? いや、だとしたら精霊術士としてのギフトを持ってるはずだ。精霊が神格化されてるこの国だ。それなら勝が話すはず。第一、俺も精霊を体内に宿せば、オーラみたいなんを纏える。だが常に身体に精霊の力を宿すなんて……直ぐに死ぬし、精霊とのパスを繋ぐ魔力回路が焼き切れるな。まして精霊の力を人に譲渡なんて、出来る訳もねぇ)


 クズの脳内にいくつも疑問が浮かび上がり、その度仮説を立てるが……1つとして、現実的なものは浮かんでこない。


 結局、将軍秀茂とエロに共通する瘴気の謎は、現状では謎のまま棚上げするしかない。


「ほいで、次は大八洲の国々と表現している理由か? それはあれだ、あんたらの大陸で昔あったとか言う……連合王国か? あれに近いかもしれんなぁ」


「成る程、つまり何々藩って国があり、その連合王国の盟主が豊川将軍家……つまり幕府。連合王国全体を指して大八洲と呼ぶと。分かりやすいな。――ってことは、各藩にも王がいるのか?」


「ああ、居るぜ? 王ではなく藩主って名前だがなぁ。しっかし今の殿様――藩主の力は微妙だ。強権を持つ藩もあれば、実権を藩の重臣が握っている藩もある」


「そんな統治が揺らいだ状態で、よくこれまで内乱が起きなかったな」


「起きたさ。直近でも、長門藩征伐なんかがな。長門藩は倒幕派――異常な今の幕府を倒さんとする勢力の筆頭だ。――だが、長門藩は滅ぼされなかった」


「何故だ? 普通は盟主に反逆したら滅ぼすだろう。良くて領主の入れ替えだ」


「それこそ大八洲がおかしくなって、おいらが助けを求めた理由さ」


「あん?」


 クズが首を傾げる。

 話が飛躍しすぎている上、勝の脳内にしか大八洲が辿ってきた内情はないから、予測にも限界があった。


「つまり、だ。これまで通り豊川幕府の威光の下、大八洲は成長して行くべきって考え――佐幕派の藩が、予想以上に少なかったのさ。皆、最低限は従っていたものの、自分の藩から金や兵士に多大な犠牲を払ってまで忠勤に励もうなんざ思っちゃいねぇのよ。しかも質が悪い事に、今まではなんとなくそんな空気があっただけだったのが……先の長門藩征伐での纏まりのなさから、幕府への忠誠が揺らいでいるのが露呈しちまったんだ」


「成る程な。――そいつは国の末期だ。王様の命令に従わねぇ、出し惜しみをしまくる領主貴族が増えたようなもん。待っているのは国の滅亡か、或いは改めて権力を示す為に血の粛清か」


「そうさ。そんで最後には、弱り切ったのを察知したハイエナが群がる。国土や民、食糧諸々を寄越せってな」


「内部分裂で弱った隙に、他国へ全てを奪われるか。歴史に良くある国家の末路じゃねぇか」


「その通りよ。この大八洲という国が揺らぐような……大規模な兵を動員する内乱なんて、もう起こしちゃならんのよ」


 勝が湯飲みを握る手にグッと力が入った。

 クズはその様子を眺めながら、耳垢をほじくり出す。


「ほへ~。それは愛国者なこって。ご苦労さん。その代わり、俺たちが弱りきるまで馬車馬の如く使おうと? 幕府を倒す方に、それとも残す方に?」


 ふっと、指先に着いた耳垢を吹き飛ばして聞く。

 もうここまでの内情説明で、ゲンナリしていた。


(予想はしていたけど、一番受けたくねぇタイプの傭兵依頼だったぜ。どこの勢力が勝つかも分からん、混乱期にこれから突入する連合国家の主権争いとか……マジで面倒。有り金を搾り取る働きをするだけじゃねぇ。うちの団員が死なねぇように立ち振る舞うのも一苦労だ)


 内心の混乱を表に出さないよう、耳垢をほじって見せたが――エロだけ都合良くまた出て来てもらい、上手く攫って洗脳解いて帰りたい。


 そんで全ての役割を終えた暁に、大陸のお姉さんとお酒飲みながらイチャコラして童貞卒業に向け突っ走りたい。

 一刻も早く。


 その焦燥感にも似た思いこそが、クズの偽らざる本音だった。


「おいらは、幕臣だが――名前なんてどっちでも良い。だがおかしくなっちまった将軍家は、その座を降りなきゃならんだろうよ。幕府には倒れてもらう必要があるが、多くの血が流れちゃならねぇ。それこそ太陽の神様が神託でもくれれば良いんだが……。神頼みをしてても始まらん。人事を尽くすって意味で、なるべく被害を出さずに政治を変えたい。議会制にな」


「あ? 議会制?」


「そうよ。各藩やらなんやらの代表が議論し、主神様の代行で政を行うって事だ。それが一番、被害が少なく済む」


「はっ! 皆が仲良く平等に話し合って決めましょうってか? そんなん出来たら戦争は起きねぇっつの」


 クズが吐き捨てる。

 そんな国家が出来る訳がない。


 平等な議会政治を装っても、待っているのは議論する代表者への買収工作や賄賂が横行する未来だけだ。


「勿論、おいらも議会における代表は必要だと思ってるぜ? だからこそ、豊川幕府を倒した立役者となる藩が必要なんだ。出来れば、1つじゃなく2つ3つの藩が功績を鬩ぎ合ってくれると嬉しいねぇ。権力の一極集中が避けられるからな。おいらの産まれ故郷、四万十川藩がそこに食い込めりゃ言うこと無しだ。報酬にも色を付けるしかねぇ」


 クズは大きく溜息を吐いた。


 他国に侵略された。侵略した。

 それなら支配構造は簡単な変革で済む。


 クズとて最初に勝から依頼を受けた時は――そうなるだろうと見越して受けていたのだ。


 恐らくだが――国の最高権力者の首を、外からやって来た傭兵団と言う予想外の戦力を上手く使う事で挿げ替えるのだろう、と。


 だが今の勝の話では……もっと面倒な手間が増える。


 勝の幕府の重鎮と言う立場から、失落の飛燕団による最高権力者の暗殺。

 そのシンプルな手段ではどうにもならない手間が、だ。


「要するに、俺らへ求めてるのは――何処か賢くて力がありそうな倒幕派の藩が、ササッと将軍家や幕府を妥当出来るようにお膳立てをしろ、と。――クソ面倒くせぇ……。政治に傭兵団を巻き込むの、止めてくんないかな? もっと単純に『あれを倒せ』、『あれから守れ』みたいな仕事以外は受けてないんだが? 大陸の傭兵ギルドではな、そう言う面倒なのは傭兵団ランクトップクラス以外は受けないの! 俺たち見たいなのは、もっとシンプルな依頼にして! 出来ればそれが安全で金回り良い依頼にしてよ~!」


 まるで駄々っ子のように、クズは畳に横たわって暴れる。

 イ草が飛び散る香りと同時に、大きな子供を見るような冷たい視線がクズに集中した。

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