4話

「全員、倒れているだと!?」


「おうよっ! 粉末状の痺れ薬を檻の中にぶちまけたのさっ! 禄に水浴びもしてねぇ、臭い男共の臭気と痺れる空気。魔術詠唱で吸気の時に痺れ薬も大量に吸入するだろうし。そいつから出る呼気で痺れ薬が周囲に蔓延するのも早かったな。いやぁ、暗闇の中で奪われる自由、苦しかっただろうなぁ。想像するだけでキツいわ」


 二百人の野盗団が全員痺れて倒れ伏していた。


「――よっしゃあ、お前ら! ゼニーが転がってんぞっ! 拾え拾えっ!」


「「「ひゃっはあああああああああああああああッ! 最高だぜクズ団長っ!」」」


「無傷の敵だっ! これは高く売れるよっ!」


「ふむ。汚いね。……売る前に一度、川で洗浄しておこう」


「……触りたくない。捕縛魔術。……お金が沢山落ちてる。気分も良き良き」


 ゼニーに目の色を変えた失落の飛燕団が縄を手に続々と捕縛していく。


 凶悪な表情で縛り上げる集団の姿を見て、エドは引いていた。


「ど、どちらが賊か分からない……っ!」


「まあ、そう言うなって!――おっ。そいつの身形……指揮官っぽいな。マタ、解毒薬をこいつに飲ましてくれ。ああ、話せるぐらい回復すれば良いから」


「うんっ。――さあ、縋るようにこちらを見て。お薬をあげる、これが欲しいんでしょ?」


 縛られた野盗の頭を乱暴に持ち上げる。

 まるでどこかの横暴な女王様のように顎をぐいっと持ち上げたマタは、昂ぶった表情で解毒剤を少量口にぶち込んだ。


 野盗は突っ込まれたゴボッと液体を吐き、汚物を放るようにペイっとマタに放り捨てられた。

 やがて野盗の指揮官は、掠れる声で喋り出す。


「き、貴様ら……何者だっ! こんなことをして、首領が黙っていると思うなよっ!?」


 ざっざっと野盗の前に歩いてきたクズは――うんこ座りで野盗の前にしゃがみ込んだ。


「それそれ、それよ。君に聞きたいのは、その頭目さんの居場所なんだよね~」


「誰が喋るものか馬鹿がっ! 今でこそ野盗に身を落としてはいるものの……私はかつて誇り高き騎士であった! 仲間の情報は、決して売らないっ!」


「おお……っ」


 自分の身を挺してでも、仕える者を護る。

 そんな高潔な騎士の姿にエドが感嘆の声をあげた。


「あ、そう。どう~しても言ってくれないの?」


「くどいっ!」


「じゃあ仕方ないよね。マタさーんっ! 新しいお薬準備して」


「はいっ! 義兄さんっ!」


 弾むようにウキウキとエロは荷物から錠剤、注射器、薬液などを次々取り出した――。


「なっ!? 貴様、捕虜に対する暴行は国際戦時協定違反だぞ……っ!」


「これは国家間の戦争じゃないし。ただの罪人の捕縛だから。そんな綺麗事、遵守すると思ってんの? っつか、自分たちは今まで散々法を犯してきたくせにさ、こんな時だけ法に縋るとか情けなくない? 仮に戦時協定の範疇だとしても――捕虜ってなんのことですかね? ぼく、お馬鹿ちゃんだからわかんなーい」


「なっなっ……!――その紅のストールに金糸の燕ッ! 貴様、報告にあった傭兵団の……クズか!」


 顔面を蒼白にしてワナワナと震えだす野盗。

 目は見開かれ、動揺したのか瞳孔が揺れている。


「お、俺も有名になったな。まぁ、最近ここらの盗賊やらモンスター狩りに精を出してたからな。根城にしてるあんたらが調べててもおかしくねぇわな。――さて、いくら時間を稼いでも身体の痺れは取れないぞぉ。ん~残念ッ! はい、マタさんやっちゃって」


「義兄様っ! どの薬から試すかっ!? 私的には、この興奮しすぎて自制が一切聞かなくなってしまうのとか! 考えたこととか欲望とか全てを洗いざらい喋ってしまう予定の薬とか! 幼児退行して善悪の区別もなく純粋にばぶばぶと素直になっちゃうのとかが――」


「待て! ちょっと待ってくれぇえええっ!」


「え、なんて? 聞こえないなぁ?」


「交渉を! 交渉をさせてください!」


「交渉?……いいよ。頭目の情報を喋ったら俺はお前をこの縄から解放して、今までのこともこれからのことも全て見なかったことにしてもいいと思って――」


「すみませんでしたぁっ! 首領の居場所もどんなことも喋りますっ! だからやめてぇえっ!」


 涙を浮かべて叫ぶ野盗に、清廉な騎士の誇りなどは微塵も残っていなかった。


 その姿を見たクズはにやりと笑みを浮かべて――。


「――ぼくちん、素直な人だぁいすきっ! ふふ、ふぅっっははははははははっはぁぁあああっ!!」


 悪辣に顔を歪め、哄笑を上げた。


 騎士の誇りが霧散した光景を見たエドは、四つ這いで「騎士とは一体……」とひたすら呟いていた。


 それから頭目の居場所、得意技や見た目の特徴などなど、荒いざらい吐かされた野盗。


 クズはそんな協力的な野盗を縛る縄を約束通りスルスル解いて――。


「――ほい、ほどけた。んじゃあ、マタ。後は任せた。俺は頭目を潰してくるから」


「ぅん。……気をつけて。義兄様」


「――な、ちょっと待て! この狂気に満ちた女から助けてくれ! 約束が違うぞぉおおおお!?」


 約束が違うと、痺れる手足を必死に伸ばしてクズに助けを請う野盗。


 そんな野盗の訴えに耳を貸したクズは、山頂に向かう足をピタッと止め――。


「……お前が情報を出す見返りとして、俺はこう約束した。『お前をこの縄から解放して、今までのこともこれからのことも全て見なかったことにしてもいい』とな。俺は約束を守る男だ。これまでの事も――これからお前に起こることも、全て見なかったことにする」


 嘘ではない。

 嘘ではないが、クズのクズ過ぎる発言に――野盗は口をパクパクさせ唖然としている。


 助けを求める野盗の背後で、エロが涎を垂らしながら恍惚として瞳を輝かせるのが見えた。


 クズは過去を振り返ることなく、未来へ向かって歩みを進めた――。

 彼はもう、過去を振り返らない――。未来志向の男だから――。


「い、いやぁああああああああああああああああああああああああああッ――! ぁっ……っ」


「諸行無常。敵の言うことを信じるおバカちゃんに、来世では脳味噌ができますように。……くくっ。これが自由かッ。はっはっはッ! この戦、楽勝だぜぇえええええええええええいっ!」


 長く熾烈だった野盗団との戦いも、後は頭目を残すだけとなった――。

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