9話

「あんたは血筋に拘りすぎて賢明な王とは呼べねぇからな。常に情報を集めて迅速に対処して……。聡明ではあるんだろうがな」

「……ふぅ。こちらにも色々と事情があるじゃよ。――この国は強い王のもと、大陸の人域を支配する力を得る必要がある。特に、帝国の急所を奪うほどに強力な個の力が必要なのじゃ」

「ほう……。アウグストの爺に負けたばっかの俺に言うことじゃねぇな。王子どもに任せろよ」

「あの油断する癖は、ワシの寿命が尽きるまでに鍛え直せばよい。――何より、天職を封じられた状態でワシとあそこまで戦ったのだ。闘技場での戦いを見て、王子たちもクラウスの戴冠にご納得された」

「いや、抗えよ!? そこは王位を巡ってさぁ、王子たちが互いを蹴落とすような醜い権力争いをする場面だろ!?」

「ヘイムス王家の王子じゃぞ? 王位などという見せかけの権威で従わせずとも、血という揺るがぬ絆で結ばれておる。故に、誰が王になろうと対等。クラウスがクララと結婚すれば、我が王家の血を継ぎつつ英雄の力を次代の子にも繋げられる。文句などない、切り取った帝国領やセイムス領の統治は任せろと申しておったわ」

「バカしかいねぇのかよ!? それで俺が王位を継ぐ正当性を増すために、コイツと結婚しろと!?」

「コイツだなんて……既に熟年の夫婦のようですわね。照れてしまいますわ」

「テメェ、やっぱ頭いかれてんだろ!?」

「私、クラウス様に相応しくなれるように学問も剣術も、お作法も社交術も――拷問術もお裁縫もすっごく頑張りましたわ!」

「その頑張りは別の方向に……待って、一個変なの混じってない?」

「ではクラウス、我の姪孫を頼むぞ」

「断る」

「断れぬ」

「それでも断る」

「断ったら斬る」

「だが断る」

「王国の金を使いたい放題じゃぞ?」

「すばら……断る!」


 貨幣が一杯に詰まった袋を取り出し、ジャラジャラと音を鳴らしてヘイムス王が誘惑をかけてくる。

 危うく誘惑に乗りかけたクズだが、危機意識が勝った。


「やれやれ……ほれ、クララ。お小遣いじゃ。この金貨袋を受け取りなさい」

「はい、ありがとうございます。――あっ、重くて数枚落としてしまいましたわ」

「――はん、この俺が……金で懐柔されるような男に見えるか?」

「クラウス……。王国側のワシが言うことでもないが――床に落ちた金貨を一枚一枚丁寧に拾いながら言うな」

「ふん。俺は紳士だからな、落ちたもんを拾ってやってるだけだ」


 恥じる様子など一切無く、床に這いつくばって金貨を探しながら、クラウスは言いきった。


「あらあら。クラウス様ったらはしたないですわ。――えいっ」


 クララは金貨を一枚袋から取り出し、ブーメランのように投げると――。


「――わんっ!」


 両手に金貨を持ったクズは、ジャンプして口でキャッチした。

 能力を封じる首輪をして立てないこともあり、手足を使ってジャンプしている。

 それはもう、完全に犬のような有様だった。


「クラウス……。さすがにワシは、お前の師として恥ずかしいぞ。クララも……さすがに下品だ」


 片手で顔を覆い嘆くアウグストや苦笑するヘイムス王に対し、クズは強い意思が宿る瞳で――。


「――労働者とは、労働の対価に金銭をもらう。可愛いわんちゃんごっこをちょっとして十万ゼニーが手に入るってんなら、喜んで労働するに決まってる」

「……仕事は選べ、愚か者が」

「ふん、金がある超上級国民や支配階級どもが! テメェ等には一生、俺たち庶民の気持ちなんて――わおぉおおんっ!」

「あらあら、優秀なわんちゃん。可愛いですわね」

「強い王……クラウスなら間違いない、そのはずじゃ……」

「はっ! 後悔してきたか!? なら早々に違うやつを……おう、に?」


 違う奴に王位を渡せと主張しようとしたクズが――目を回して床にドサリと倒れる。

 徐々に眠くなり、柔らかく感じていた絨毯へと意識が吸い込まれていくように感じた。


「……まさか、薬か? 一体、どこ……で」

「ふふっ。クラウス様――この部屋の薔薇の香り、素敵ですわよね。ちょっと眠くなってしまうほど」

「遅効性の……睡眠香、だと?」

「そうですわ。一時間以上いらしたんですものね、よく耐えましたわ」

「ちくしょうが……」


 狡猾で謀略に優れた師匠や、ずる賢い王に嵌められた。

 クズは憎しみに顔を歪めながら、アウグストとヘイムス王を見ると――。

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