8話
「ぎゃああああああああああああッ!? いぃぃぃやぁあああああああああああああああッ!?」
「はっはっは。どこへ行こうというのかクラウス。――ワシから逃げられると思うなよ」
「あっ、あっ、あっ……」
ガタガタと震えながら、ほうほうの体で逃げだそうとするクズの首根っこを、アウグストがガッシリと掴んでいた。
「まさか、ワシの可愛い孫娘が気に食わんとは言わんよな?」
「アウグストよ、我の姪孫であることも忘れるでない」
「はっ。これは失礼。知っての通り、ワシの嫁は陛下の姉だ。クララには王家の血が流れている。そしてクラウス、お前にもな」
「アナント王家の娘が父方の従兄妹なら、クラウスにとってクララは母方の従兄妹。そういうことになるのう」
「陛下。クララとクラウスは幼少の頃より、ワシの鍛錬で日夜を共にしていました。重々承知でしょう」
「それもそうか。はっはっは!」
「ふふっ、勿論ですわ。私は一日たりとも、クラウス様の事を忘れたことなんてありませんわ。だって私、とても一途ですもの」
「そうかそうか。良かったのう、我が姪孫に一途に想われるとは、幸せ者じゃのうクラウス」
「ええ、私はずっと想い続けて参りましたのよ。――クラウス様?」
「あっ……あっ……」
クラウスの顔は真っ青になり、言葉を上手く発する事もままならない。
目の前に立つウルフカットの金髪に紅い瞳、小柄な身体に似合わぬ巨乳。そして人形のように綺麗な顔立ちをしているクララを見て――この世の終わりだとばかりに口と目の端から液体が零れていた。
泥酔して道の端で意識朦朧している者より酷い顔だ。
「先程、謁見の間でも言ったがな、クラウス。我の願いというのは――このクララと結婚して、ヘイムス王家へ復帰して欲しいということなのだよ」
「いやぁ……。陛下から孫娘の結婚を打診された時は首を取ってやろうかと思いましたが……」
「それならそれでかまわんよ。――王位が、予定より少し早く代わるだけじゃ」
「それには及びませぬ。ワシもクラウスになら孫娘をやる事も許せますし、仕える相手としても及第点です」
「へ……へ……?」
「分からぬか、クラウス? エロディア・ヴィンセントの情報の対価は――クララと結婚し、次代のヘイムス王を務める事じゃよ」
一瞬、クズの瞳が上転――意識がふっと消える。
「話の途中で居眠りは許さんぞ、クラウスッ!」
――だがアウグストが濃密な殺気をクズに浴びせ、無理矢理意識を戻された。
「――俺をヘイムス王にって、どういう事だ爺どもッ!」
「決まっている。我ら一族にはなかった――英雄としての実績じゃ」
「英雄……だと?」
「うむ。ヘイムス王国は血という鎖で完璧に連携されておる。――じゃが、その力をもってしても現状は……」
「大陸の覇権を取れない。クレイベルグ帝国と、セイムス王国による三竦みってわけだな」
「そうじゃ。アウグストも……歳と病で先は長くない」
「ましてヘイムス王国が国境を接しているのは、人にとっては未知ばかりな魔域と、あの帝国。戦力の低下……あるいは評判の低下は、均衡を崩す程の死活問題だろうな」
「その通りじゃ。さすがはクラウス、国際情勢もよく把握しておる」
「――だからこそ、わかんねぇな」
「ほう、何がじゃ?」
「アウグストの爺さんが居なくなるのは確かに国家として痛いだろうよ。――だが所詮は大将軍を退いた一個人だ。今は半隠居状態の軍事顧問で前線には出て来ないと知れてる。それに、三カ国による停戦協定はまだ先まで続いているはずだろうよ」
「ほう……。停戦協定まで知っていたとはのう」
「推測だ。急速な領土拡大を目指してきた帝国だが、その代価に金銭や人的資源、内政が不安定な状態だろうからな。どれほど精強な軍だろうと、国力が沸点に達っせば戦は続けられねぇ」
「いかにも、その通りじゃ。だからこそ、我が国は今のうちに強い王のもと――」
「あんたは戦勝国の王だ、急いで退位する理由はない。確かに戦争で民の不満はあるだろうが、闘技場で上手いことストレスを解消している。戦で王国内部の財政も疲弊しただろうが、民は飢えてない。俺が廻った街や村、王都の民――いずれも健康そうだった」
「……」
「あんた自身が死にそうだって言うなら話は違うが、残念ながらめちゃくちゃ元気そうだ。これで俺を将軍っつう王国の番犬にしようってんなら、不本意ながらまだ理解できる。だが、よりにもよって王位なんつう不自由極まりなく、王宮からまともに出られねぇ籠に入れという。……あんた、何を考えてやがる」
「やれやれ……本当にクラウスは、賢い王になりそうじゃのう」
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