5話

「――ぐ、ぁあああッ!」


「おい、どうした!? なんだ、その黒い靄は!? サラマンダー、ウンディーネ来い!」


 エロの身体から――通常の人間では有り得ない、神秘的に吹き上がる黒い靄。


 その尋常でない様子、嫌な感覚に――クズは神秘の権化、大精霊を可視化出来るレベルで呼び出す。


 酷使を続けた精霊とのパスを繋ぐ回路に更なる無理を強いてでも、2体同時に召喚だ。


 ――これは、闇のか?

 ――うむ。妾たちと似た性質……じゃが、祓えん程に異物が紛れ込んでおる。恐らく精神まで汚染されているだろうが……。浄化が出来るような特別な力が要るな。


「精神汚染だと!?――クソが! だったら、先ずは捕らえるのみ! 捕らえてから、ゆっくりどうこうすれば良い! お前ら、やっちまえ!」


 クズはまるでチンピラの親玉のように指示して、周囲を囲む幹部やアウグストたちの力を頼る。


 皆も言いたい事はあるが、ここまでの会話で経緯は理解している。


 ジリジリと黒い靄を身体から吹き出す黒装束女への包囲を狭めた時――。


「――ァアアア!」


 靄が――一気に身体から噴出した。


 それは黒い煙幕のように視界を奪う。

 まるで魔域に住む魔獣が放つ濃い瘴気を――何倍も濃くしたものだ。


「エロ!? くそ、全員気配に集中しろ! 視界に頼るな!」


 クズは目の前にいる――恐らくは実の妹を早く確保したい。


 しかし逸れば、仲間の命を失うかもしれない。


 咄嗟に正確な指示をして――。


『ふふっ……。楽しそうな人たちが来たわね』


(な、なんだ今の声……。ロリっぽい声、精霊の気配? まさかエロを汚染した犯人か?)


『違うわよ。失礼しちゃうわね』


「なっ!? パズも繋がってないのに、俺の心を読んだ、だと!?」


 ――馬鹿な、そんな事が出来るのは大精霊の中でも精霊王のみだぞ!?

 ――妾たちのような大精霊たる存在の分体でも、召喚者でない者の心に話しかけるなど出来ぬと言うのに! まさか人間界に分体ではなく本体で存在しておるのか!?


 ウンディーネのその問いに、声の主は答えない。

 唯、楽しそうに笑う声が響き――。


『――あなたには期待しているわね』


「て、てめぇが……」


 暗い靄で視界が奪われるクズの顔を両手で優しく包んで――一瞬、声の正体らしき者の顔が見えた。


 正に子供のような顔。

 だが――そいつはまるで太陽のように眩しく、黒い瘴気を弾いている。


(とても邪悪な存在とは思えねぇ。――クソが! この国は何もかもが分かんねぇ!)


「――シルフィ!」


 ふと、アナが風の精霊の名前を口にした。

 途端、優しく肌を撫でるような風が吹き――暗い靄が晴れていく。


 そうして確保された視界には――。


「――逃げられた、か……。畜生!」


 既に誰もいない。


 やっと遠い航海までして再会出来た妹――もはやクズの中では、妹のエロだと確信している。

 それなのに、折角の再会だったのに――取り逃がしてしまった。


 奇襲をして来たと言う事は、こちらの命を狙って来たと言う事だろうが……その理由も不明。


 何処に居て、どうすればまた会えるかも不明。

 絶好のチャンスを逃した自分に、クズは苛立ちを隠せず――。


「――畜生が……」


 強く拳を握りしめる。

 その拳からは、ポタポタと血が滴り落ち――大八洲の大地を穢していく。


「き、貴様らは何者か! 港で騒ぎを起こすなど不心得者に違いない! 御用だ!」


 揃いの着物姿に、金属の棒を持った男達が駆けてくる。

 その行動から、警備兵のような役人だろうとクズは慌てる。


「あ!? なんだテメェらは!? 今の俺に近付くんじゃねぇ!」


「黙れ! 幕府の取り調べを受けてもらう!」


「幕府だぁ!? 幕府だか爆乳だか知らねぇが、気分じゃねぇんだよ!」


「ばくにゅ!? こ、この不埒者めが!」


 あっという間に大八洲の役人――幕府の捕り物方、治安を維持する兵に囲まれるクズたち一行。


(入国早々にとんでもねぇ事になったな……。船へ補給も済んでねぇ。ここでの争いは避けたいが……)


 冷静に状況を分析しながら剣を向けるクズ。

 同じく各所で臨戦態勢になっている――失落の飛燕団40名。


 そんな何時、戦端が開かれてもおかしくない緊迫した空気の中――。


「――お~お~。物騒だねぇ。お前さんら、双方共にそんな物騒なもんはしめぇな」


 立派な着物に袖を通し、髪をオールバックに整える――飄々とした雰囲気の男が割って入った。

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