6話

「か、かつ先生!?」


 左腰には剣らしきものが着物に挿されている事から、この人物は剣の先生か何かかとクズは納得した。


 だとすれば――この男に染みついた隙の無い動きや、周囲が畏れ敬う態度にも納得がいく、と。


「おめぇさんら、ご苦労さん。こちらのお客さん方は、おいらに任せてくれ」


「し、しかし――」


「――幕府の軍艦を預かるおいらの言う事が、聞けねぇって? それはお前さんら、幕府に弓引くってぇ事かい? お前さんらは長門藩ながとはんの武士と同じってかい?」


「ち、違います! あのような恩知らず共などと……。わ、分かりました。ここは勝先生にお任せします。お前ら、行くぞ!」


 双方からの殺気に晒されていても、飄々とあり続け――己の意志を貫く男。


(こいつ……ただ者じゃねぇな。飄々とした雰囲気だが、喰えねぇ男が一本抱えた芯のような何かを感じる。幕府の軍艦を預かるとか言ってたが……要は、大八洲国の海軍大将って所か?)


「おめぇさんらも、ここはおいらに免じて武器を収めてくんな! ほら、この通り!」


 両手をパンッと合わせて頼む男。

 毒気を抜かれるようなその姿に――。


「――お前ら、武器を収めろ」


 クズも武器を収めるように指示をする。

 張り詰めていた空気がスッと弛緩した。


 だがクズは、未だに油断することなく――。


「――あんた、何者だ?」


 そう尋ねた。


 いつものヘラヘラとクズ言動をしている軽い姿は、そこにはない。

 ドラゴンと対峙している時のように、真剣な面持ちだ。


 そんなクズへ柔和な笑みを浮かべながら――。


「――おいらは勝山荘かつさんそう。豊川幕府の軍艦奉行――ま、おたくらの国で言う所では国家の海軍を預かる将軍ってポジションかな? いや、そんな大したもんでもねぇか!――はっはっは!」


 張り詰めているのがアホらしくなるような、すっとぼけた声で勝は答える。


 勝と話していると、周囲の者たちはドンドンと毒気が抜かれていく。


 見た目通りのひょうきん者と捉えるには危険だが、張り詰めて接するのがアホらしく感じる不思議な感覚だった。


「それより、そこの目付きの悪いお兄さん?」


 勝は軽い調子で尋ねる。

 その目は興味津々とばかりに一点を注視し、子供のようにキラキラと輝いていた。


 ナルシストのキラキラ輝く瞳とは、また別の輝きだ。


「おいおい、目付き悪いとか言われてんぞ、アウグストの爺? 言い返してやれ」


「クラウス。こんな時にふざけるな。ワシはお兄さんでも無ければ、目付きが悪くもない」


「ん。クラウスは目付きの悪い――鋭い所も素敵だと思うの」


「フォローありがとな、アナ。若干、俺の繊細な心がシクシクと痛んだわ。……そんで俺を指名して何の用だ? 俺は指名するなら優しく秘密は守ってくれて、リードしてくれる美人のお姉さんだって心に決めてんだが?」


 心底から面倒臭そうに、出来れば関わり合いになりたくないのを隠しもせず、クズはぶっきらぼうに答える。


 だがそんな態度にむかっ腹を立てるでもなく、勝は――。


「――おめぇさんは本当に神様を味方に付けてんだな!? すんげぇな!?」


 興奮気味に、指をさして口にする。


 その指の先を追うと――居たのは、サラマンダーとウンディーネ。


「おいおい。こんな汗臭そうな炎の塊と、魚がちょっと進化したような半魚人が神だって?」


 ――貴様、誰が汗臭そうか!?

 ――半漁人!? わ、妾をそんな……。くらえ!


「お、おいおい! 止めろ、お前ら! 熱湯は肛門に当てちゃらめぇえええ!?」


 苦笑する一同を尻目に、クズは大精霊2体から軽口を叩いた制裁を受けている。 

 だが勝は、益々持って感動したかのように――。


「――神様とそこまで信頼を深めるとは、おめぇさんならこの国を変えられるかもしれん!」


 大興奮して両手を握り絞めていた。

 国を変えるとは穏やかじゃないと、クズも尻を押さえながら口を挟もうとする。


 だが、それに先んじて――。


「――どうだい。いっちょおいらに雇われては見ないかい?……名高きクラウス・ヴィンセントさんと、上級傭兵団失落の飛燕団さん御一行さんよ」


 鎖国状態にあるこの国では、決して名前が知られていない筈の失落の飛燕団……更にはクズの事も深く知ってるんだぞ、と。


 そんな雰囲気を滲ませながら、提案をしてきた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る