4話

 そうして1週間近い航海の末、船はやっと目的地である大八洲へと到着した。


 島が見えると大八洲の軍船らしき者が寄ってきて「船を着けられる島は1つだけだ!」と一方的に案内された。


 抵抗すれば問答無用に船を沈めるぞと言う圧力さえ感じる物言い。


 こういう所が閉鎖的で積極的な国交を開いてない証左だなと、クズたちは再認識した。

 とは言え物資も限られた船上生活からやっと解放されるとあって、失落の飛燕団やアスグストも伸び伸びとした表情をしている。


 タラップから、続々と地に降りて行く。

 地面に戸惑い、まだ海上にいるかのような実際には揺れていないのに揺れているような感覚にも陥る。


「ああ、やっと着いたぜ……ケツいてぇ」


「ここが大八洲の玄関口、出島って場所なのかな?」


 船室も少なければ、ベッドも足りない。

 殆どを硬い木の板の上で過ごしていたクズは痛む身体を動かし、蹌踉めきながら大八洲の地を進む。


 尻の真ん中、骨の辺りを抑えるクズの尻を隣に寄り添うアナが擦ろうとするが――それはマタが止めた。


 義兄の想い人とは認めるが、義兄が色事に耽るのは胸中が靄つくのだ。


「多分、そう。入港が許されたのは、ここだけだから」


 クズと早く結ばれようと距離を冷たがるアナは、マタの抑え着ける手を押し除け尻を触ろうと細腕一杯に力を込める。


 小柄な魔法使い兼薬師のマタ。

 元お姫様で回復特化精霊術士のアナ。


 どちらも肉体派ではない上に、表情に乏しく大人しい性格だが――この瞬間は両者譲れない。


 真っ向から対立する力と力に、両者の腕の血管はパンク寸前。

 ビキビキと脈打つ血管を皮膚に浮かび上がらせながら、非常に地味な闘いを繰り広げていた!


 そんな2人の様子を知ってか知らずか、クズは彼方此方の様子を観察しながらスタスタと島の探索を始めていた。


 静かな闘争を繰り広げる2人を苦笑して眺めつつ、多少なりとも文化を知っているチチがここぞとばかりに主張を強める。


「聞いていた通りの場所なのですっ! ここであってるのですよっ!……多分、恐らく?」


「チチちゃんにとっては母国のはずだから、ドンと自身を持って欲しい所だけどね。……それにしても、独特な創りの家と服装だね」


 チチは自分の出身国と言えど全てを把握している訳ではない。

 だが『出島』と言う外国との交易が許された特区の名は噂になる程なので、知っている。


 大八洲独特の――和風文化と大陸の文化が融合しているここは、恐らく出島なんだろうと言う認識だ。


 和風文化は建築様式や大八洲人の服装など……至る所に顕れている。


「瓦とか浴衣や着物って、あっちの大陸にはなかったねっ! 大八洲では普通なんだがっ!」


 ふふんっと、何処か自慢げにポニーテールを揺らしながらチチは跳ね回る。


 何処までも元気なその姿は、視る人の心を癒やし笑顔に変える魅力を放っているが――船上生活で肉と酒、特に女性との触れあいが枯渇している今のクズには刺さらない。


 家族であり、がさつな傭兵団員を女としてみるのは――クズ的には無理だから。


 早くゆったり出来る宿を見つけ、武器なんか持たないような大人しい女の子とお酒を飲みたい。


 世界一早く裸になれると言う浴衣に興味はあるが、まずは座ったり横になっても痛くない所で休みたい。その一心であった。


「何でもいい。とにかく船旅の疲れを癒やせる場所を――」


 ギィンっと、クズのうなじ辺りで金属が衝突する音が響いた。


 近場にいた団員たちは、突然の金属音に驚愕し動きを止める。

 港で役人とやり取りをしているアウグストら一行も同じだ。


 誰もが予想だにしていない中――。


「――暗殺者か。見事な手際だが狙う相手が悪かったな。今の俺に油断は――」


 腰に下げていた錬金術製の剣を抜いたクズが、相手を吹き飛ばし距離を取る。


(二刀で奇襲されれば危うかったな。なんせ亡きアナント王からもらった恩賜の剣は、折れたまんまだ。相手が短刀一本で奇襲するタイプで助かったぜ)


 持っている得物は心許ないが、無いよりは良い。


 一刀の構えでクズは襲撃者へ刃を向ける。

 全身を黒い衣服、そして顔をマスクに包んだ相手――胸の膨らみから女性だろう。


 殺気を向けてくる相手を睨み返すと――。


「――エロ……なのか?」


 隠れていない目元と、黒い目の色の特徴。

 それは紛れもなくクズの義妹であるエロディア・ヴィンセントと同様であった。


「おい、おいおいおい……。嘘だろ!? おい、エロ! 俺だ、俺俺!」


 興奮気味に『俺俺』と主張するが――黒装束に短刀を構えた女性は何も答えない。


 唯、忙しなく周囲を覗いながらジリジリと距離を取り――。


「――クラウス! 貴様、何者だぁあああ!」


「おい、止めろ! アウグストの爺!」


 病み上がりで細くなった身体でも、流石はトラブル慣れした歴戦の猛者。


 アウグストはいち早く襲撃の衝撃から立ち直り――暗器を投擲する。


 それらを着ていた衣服1枚脱いで振り払う襲撃者。


 だがそのお陰で、今まで衣服に隠れ目元しか見えなかった顔が――ハッキリと見えた。


「――その淡い青髪、黒目……。お前、エロだろ!? そのダイナマイトボディは妹のマタとは似ても似つかないが……。こっちで食ってた物の影響か? バッタと生魚の影響でそんな身体になっただけで、お前の名はエロディア・ヴィンセントだろ!?」


「エロ姉様!? 私、妹のマタ! こっちは義兄様、クラウス義兄様!……一緒にこの失礼な義兄様をボコボコにしよ!?」


 クズとマタ。


 血を分けた姉弟が訴えかけると、黒装束の女は頭が痛そうに苦しみ出した――。

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