9話

「――今夜は予定があるの? それなら私は、明日でも構わないよ。なんたってお兄さんが主役、お兄さんに命の恩を返す場なんだからね。こっちの都合は調整させてもらいますよ」


 そう優しく、臨機応変かつ柔軟な対応をすると言ってくれた。


 クズにはそれが――心に染み入る程に嬉しかった。


 思えば、ここ最近の自分は――自由ではなかったと思う。


 長年お世話になっていた精霊召喚術も、ドラゴンとの死闘によって精霊とクズを繋ぐパスが焼き切れかけている。


 これが回復しない間に酷使を続ければ、クズは苦楽を共にした大精霊のサラマンダーやウンディーネまで失うかもしれない。


 だから、戦闘で呼び出す訳にはいかない。剣も折れたままだ。


 他にも、だ。


 義妹を救う役目、そして未知ばかりの地で団員たちを守らねば。

 危険度が高そうなら逃げる必要があるが、ある程度は危険でないと活動資金も得られない。


 その難しいさじ加減もあって、クズは眠りが浅くなっていたのかもしれない。


「お前――良い男じゃねぇか! はっはは! なんだなんだ! 気に入ったぜ、おい!」


 そう思うと、純粋に分かりやすく自分を甘やか――優しくしてくれるこの男は、安らぎを得られる相手だとすら思えてきた。


 野郎ではあるが、異性である女の子より緊張も気遣いもしなくて良い。


 気楽さと言う面でも、外国では心強い。

 この男は最高だ。


「ははっ。そりゃどうも。……ちなみに昨日、神饌組が2人――見たことも無い傷口で斬られてたらしいんだよね。希有な錬金術を使った痕跡もあったとか。……もしかして、お兄さん何か知ってる?」


 軽い口調で言う男だが、その内容は重い。

 クズからすれば、事件を起こしたと言う意識が強い。


 異国の市中で人を2人も斬り殺しているのだから、当たり前だ。


 もしやこの男は、事件を起こした自分を咎めようとしているのかもしれないとクズは思った。


「……どうしてそんな事を聞く?」 


「ああ、いや。別に悪意はないよ? 私が神饌組に追われる人間だってのは、お兄さんは良く知ってるでしょ? だからこそ、それだけお強い人を西都では聞いた事が無かったから、さ。そんな事が出来る御仁が居るなら、その方とも誼を結びたいと思ってね?」


 クズは深く納得した。

 この男が神饌組から追われ、死に物狂いで逃げていたのは――身を持って知っている。


 言葉の全てを信じるのは危険だが、クズとて強い者にはそれなりの興味がある。

 それはこの男が何時でもクズから逃げられる位置に立っている身のこなし、昨日の地を滑るように何時でも抜剣して踏み込めるような移動方法からも明らかだ。


 だからクズは、暫定的にこの男は敵では無いと判断し――。


「――そうか。それは運が良かったな」


「……と、言うと?」


「あれをやったのは――俺だ」


 とことん、調子に乗ることにした。


 親指で自分を指差し、『俺こそがお前の探している強者だぜ?』と、どや顔を浮かべた。

 この顔を団員たちが見ていれば、すかさずボロクソに言うような突っ込みが入るだろう。


「ええ!? 本当かい!? これはまた、凄い偶然もあったものだねぇ! そりゃ私も、張り切ってお持てなしをしなければ!……金に糸目は付けませんよ。大八洲の――特に長門藩の美味い酒と飯を用意しましょう。西都の可愛い女の子も呼んでおきます。明日は是非、たっぷり楽しんでください!」


 大仰に驚き、男はクズを過剰な迄に褒め称える。


 何処かわざとらしさは感じるが、それでもクズからすると――。


「――感動した。あんた大八洲に来てから会った男の中で、一番話が分かる俗っぽい人間だな!?」


 あまりに俗っぽい。

 酒や女を即座に報酬として提示する下劣さなんて、最高に親しみが持てる!


 国宝に次ぐ宝とか、真面目で肩肘張ってる男とは一味違う。


「へぇ……。大八洲に来てから、ねぇ。その辺も詳しく、お兄さんとはゆっくりお話がしたいねぇ」


「ああ。俺もだ。……なんなら、あんた今日の宴にも来るか?」


 この男にも色々と立場や思惑があるのだろう。

 だからこそ、クズへ必要以上に近付いてくるのは――分かっている。


 だがその下心を理解していても尚、クズは気に入ってしまった。

 この男の、俗も理解した柔軟な思考。


 そして――神饌組に追われて居た事から、手を組める存在かもしれない、と。


 金に糸目を付けないと言う事から、もしかしたら将来的には傭兵としての『雇用主』に変わる可能性だって有り得る。


 勝の依頼が危険すぎて断っても、別口で依頼をしてくれる客がいるかいないかでは、条件面に大きな違いが生まれる。


 心のゆとりと言う意味でも、だ。


「え? 良いの?」


「ああ。どう~せ、他に何人も来るんだ。1人増えた所で今更だろ。だったら、あんたみたいに話の分かる俗っぽい奴がいた方が、俺の酒も美味くなるってもんだ!……途中、俺は女の子と消えるかもしれないけどな」


 後半になるに従い、言葉が小さくなっていった。


 まだ今夜、黒霧藩の男のお持てなしでどうなるかは分からない。

 だが目指す理想像は、自由だ。


「いや~。折角興味深い御仁からのお誘いだしね。私もその宴にお邪魔しちゃおうかな?」


「おう! お邪魔しちゃえ! 夜、場所は祇園の雪桜って店だ!」


「了解です。ではまた、夜に。……ああ、そうそう。自己紹介がまだでしたね」


 話している間に、日も昇ってきた。

 太陽を背に、1度は立ち去ろうとした啓発そうな男は振り返り――。


「私は――新村五郎兵衛にいむらごろべえです」


 そう名乗ると、手を振りさって行く。


「おう。新村、またな! 俺の事はギルバート……いや、クズで良いぞ!」


 クズは新村の姿が見えなくなるまで、手を降り続けた――。

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