10話
その日も、日が高い間は聞き込みや黒霧藩士や長門藩士の重臣について調べ――そして迎えた夜。
クズたち一行は、祇園にやって来ていた。
勝は幕臣としての仕事が急に入ったとかで、遅れて店に来るそうだ。
待ち合わせ場所だった『雪桜』と言う店の場所を通行人に尋ねながら祇園を歩き回ると――。
「――おお、いたいた!」
恰幅の良い男が1人、雪桜と看板の出た店の前に佇んでいる。
その目立つ風貌にオーラのお陰で、さして迷う事もなく辿り着けたクズは、男へと声をかけた。
「おお、お待ちしており申したぞ! いや、オイとした事が……。詫びをしようと言うのに、名前すら聞かんとは、重ねて失礼した」
無事に合流が出来た事に安堵したような様子で、体格の良い男は頭を下げる。
そもそもクズから名乗ってもいないのに頭を下げる必要はない。
それなのに、詫びる立場だからと迷いなく頭を下げる事から、律儀で低姿勢なのは好感が持てるなとクズは思う。
今朝に出会った新村と言う男にしろ、この男にしろ――第一印象は最悪だった分、そこからの好感度の上昇がえげつない。
どちらの2人も、ただ者ではないカリスマのオーラを纏っているから、余計に好感度が上がるとクズは思った。
そしてこの男が名を聞きたがっていると今更ながらに察したクズは――。
「――ああ、俺はクズで良いぞ!」
これから楽しい時間――美味い酒、芸に優れた女性との時間が約束されている事もあって、クズは何時になく爽やかな笑みを浮かべて名乗る。
そんなクズによる自己紹介に、体格の良い男は戸惑う。
「く、クズ?……成る程、成る程のう。それだけの腕利きじゃ。まだ打ち解けてもいない、そんなオイに本名を明かせぬ事情があるのも納得じゃとも。……そいで、そちらの人たちは?」
クズが大八洲人では無い、勝が雇った他国の傭兵だと知っている男は――クズの偽名にすんなりと納得して見せた。
そうしてクズに同行している傭兵団幹部たちへと視線を移す。
「ああ、この5人は俺の仲間なんだが……コイツらも良いか? 後からもう2人追加で合流したいらしいんだが。流石にこの人数はダメか? ダメだな、よし帰そう! お前ら、気を付けて帰れよ~!」
なるったけ監視の目を外れたい。
偶には難しい事や護る事も考えず、頭をスッカラカンにして遊びたい。
そして――女の子と一晩の経験をして、ワンランク上の男になりたい。
そう思っているクズは、問いになっていない自己完結で、なんとか連れを宿に帰そうと試みた。
「……クラウス。こちらの人はまだ何も言ってないよ?」
アナがジトッと睨めつける。
クズが監視の目から逃れ、女遊びをしたいと言う魂胆が透けて見えるからだ。
「がっはっは! 構わんとも! オイが迷惑を掛けた詫びなんじゃからな。こう見えて、オイはそれなりに稼ぎもある」
「……マジかよ、あんたも良いヤツだな!」
度量の広さ、そして何より――この人数を追加しても、全く動揺が無いぐらいの稼ぎ。
目の前にある『雪桜』と言う店は、通りにある他の店より明らかに高級感がある。
下品に飾っているのではなく、手の行き届いた上品な高級さだ。
クズの経験上、こう言う店は――飲食店にせよ何にせよ、割高な真の高級店だ。
勝に無理難題を言われた時、傭兵団としての雇用をくれそうな相手は――いくら居ても困らない。
この男との縁は、是非とも深めておきたい!
そう考えたクズは、今夜一晩で詫びを入れて終了の関係で終わらせるべきじゃないと判断し――。
「――明日も祇園で飲む約束があるんだが、あんたも宴に来ないか!?」
新村の奢りで飲む明日も、一緒に来ないかと誘ってみる。
新村はまだ来て無いようだが、どうせ今日も新村と合流するのだ。
明日も一緒に飲むとしても、別に構わないだろう。
「ほう?……確かに、クズ殿は興味深い御仁じゃ。今宵のみで全容を計り知れるとも思えんからのう。そのお誘い、喜んで受けさせて貰いましょう!」
クズを品定めでもするかのように見てから、男は豪快に笑い快諾した。
観察されるような目線を向けられても不愉快に感じない辺り、この男にはやはり得も言えぬカリスマ性があると、改めてクズは感じた。
勝にしろ新村にしろこの男にしろ、大八洲に来てからカリスマ性のある人物と縁がある。
エロを救出すると言う目的があるクズにとって、既に力を持っているかこれから持ちそうな男と友誼を深めるのはメリットしかない。
「義兄様? 私たち、明日の事は聞いてない」
「今朝決まったんだよ。ほらほら、行こうぜ!――あ、コイツらと部屋を分けるか!?」
「がっはっは! 人数が多い方が、酒も美味かろうて。オイもクズ殿のお仲間と仲良くさせていただきたいからのう。是非、御一緒に」
マタが新たな情報に文句を言うが、クズは悪びれない。
報告をしなかった訳じゃなく、言うタイミングが無かったし聞かれなかったんだから悪くない。
男同士だけの方が――そう言う情事とかには都合が良いだろうと、クズが部屋を分ける提案をする。
だが、男は不要だと言い店に入って行った。
「――予約をしていた
「東郷様。他ならぬ東郷様のお客様なら、構いませんよ。ようこそ、おいで下さいました。刀を箪笥に入れ、コチラへどうぞ」
「うむ。こちらはクズ殿だ。オイの大事な客だから、これからよろしく頼む」
「ク……。ク、クズ様ですね? 雪桜をどうぞよろしくお願いします」
宿でもそうだったが、大八洲の作法は変わっている。
この店――雪桜でも、男性店員らしき人物が床へ座って頭を下げ迎え入れるのだ。
そうしてから、刀箪笥とやらにクズたちは武器を置いて行くように言われる。
これもきっと、紹介制の店だから間違っても斬り合いだとか物騒な事にならないようにの処置だろうと、クズも納得して武器を入れる。
「……クズ団長。堂本さんじゃないじゃん!?」
「クズ君、発音の響きぐらいしか似ていないよ? 確かに、大八洲人の名前は聞き慣れないけどね……名前のメロディーの美しさで記憶しないと」
チチやナルシストが文句を言うが、耳を塞いで聞こえない振りをする。
命の奪い合いの中での自己紹介、考える事も一杯あった中で聞き慣れない異国特有の名前なのだ。
ちょっと間違ってても仕方がないだろうと、クズは東郷の後ろをついて行く――。
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