11話

 店員の案内に従い階段を昇って行く。


 そうして店員はまたしても正座して座り、1つの部屋の襖を開ける。


 すると――急に人数が増えたと言うのに、赤い絨毯と似たマットの上には、座布団が人数分並べられていた。


 向かい合うように、サイドに8人分。

 そして両サイドの中央、コの字型の一番奥にある座布団をクズの席とした。


 これから来るであろう勝や新村の分の座布団もある。


 今日のホストである東郷の案内に従っての席決めだ。


 クズから向かって右側には案内役である東郷と、話したがっていたアウグスト。

 そして2人の横には、後から来る2人の席も空けておいた。

 幹部たちは全員、東郷たちの向かいに座る。


 そして座って間もなく――店員が正座して、襖を開く。


 すると料理を持った綺麗な女性たち――髪にキラキラと輝く何かを挿し、白く顔を塗った女性たちが料理の乗った台を持って入室して来た。


(な、なんだこの女!? いや、異常な化粧だけど……一つ一つの所作が優雅で上品! これよ、これ! 東郷さんよ、あんたはやっぱり最高だ!)


 クズが興奮し、ホストである東郷を心から賞賛している。


「クズ殿。こちらの方々が、大八洲の舞妓や芸子と呼ばれる女性方です。宴の席を盛り上げてくれますぞ」


「――お酌、失礼いたします」


「お、おしゃく? ま、舞妓さん!? なんか癪に障ることを、俺がやったか!?」


「うふふ。とんでもござりんせん。お酒を注がせて頂きますので、杯をお持ちになってください?」


「ひゃ、ひゃい!」


「がっははは! クズ殿は大八洲の文化に慣れとらん。だがそれは恥じる事でもない。お嬢さん方、今宵はよろしく頼むぞ」


 戸惑うクズに、東郷は慣れたように「こうするんだ」と手本を見せる。

 杯を持ち、隣へ正座して座った女性の前に持って行くと――酒が入った瓶を傾け、注いでくれる。


(うおおお!? な、なんだその上級貴族様みたいに偉そうな作法!? それが出来る客……この東郷って男、相当に金持ちなんじゃ!? いや、しかも女の子たちも所作の1つ1つが美しいし、この煌びやかで露出多めの着物も、たまらん!)


 小心者のクズは、ぷるぷると震える手で杯を持ち――即座に注がれるお酒で、感動してしまった。


 大八洲の文化に戸惑っているのは、他の幹部団員たちも一緒である。

 だが皆、異文化との交流に楽しみも覚えているのか――目の前の料理を前に、興奮しながら杯を手にしていた。


「――それでは、皆が杯を持ったようじゃな。オイが乾杯の音頭を取らせてもらって良いかな?」


「あ、ああ! 頼む!」


「うむ。それでは、良き出会いに――乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 東郷の見よう見まねに、杯を軽く上げ――酒を口に含む。


「――くぁっ! うんめぇな、この酒は!? なんだ、辛口で効くのに……スッキリした上品な味わいってのか!? ガバガバ飲めそうだぜ!」


「がっはは! 今日は我が故郷、黒霧藩で作った銘酒を頼んである! 料理も、黒霧藩の名物を、な。酒は飯と合わせて楽しむものじゃ。是非とも、楽しんでくれい!」


 東郷の言う通りだった。


 慣れない箸とやらを使い料理を口に含むと――これが本当に、酒と良くあうとクズは実感する。


 クズだけではなくアウグストや失落の飛燕団幹部の面々も、その味に舌鼓を打っている。


「お口に合ったようじゃのう? さぁ、宴を楽しもうぞ!」


 東郷が言うと、肌を白く塗っている美しい女性たち――舞妓さんや芸子さんたちが、上品な音楽を鳴らし、舞を踊り始める。


 その見事で洗練された――時に扇情的な動きに、クズは大興奮。

 ナルシストは席を立ち、負けじと優雅な動きを真似し始める。


「ナルシストがやると、なんか違う」


「僕もそう思うのです! 同じ動きでも、こうも与える印象が違うんだね!」


「うん。綺麗な着物を着た皆さんの動きは、蝶々みたい」


「成る程。ならばナルシスト殿は蛾だな」


「アウグストさん!? ぼぼぼ、僕を蛾扱いしたかい!?」


 美味しい酒、飯。

 そして美しい女性に、音楽と踊り。


 極めつけは――笑い声と笑顔。


(もう、最ッ高! 俺、今ほど大八洲で休らいだ時間は無かったかも! いや、無かった! 大八洲って所はスゲぇな! 確かに、パッと流れ作業のように童貞を捨てましたじゃ~盛り上がらねぇ! こうして楽しい余興の末にある大人の階段こそ、美学って奴だよな!?)


「東郷、あんた最高! いや~これからも仲良くやろうな!」


「がっはは! 楽しんで頂けているようで、オイも安心じゃ!」


 そうして一同は楽しく酒を飲み、食事をしていく。

 アウグストも武人肌の東郷とは馬が合うらしい。


 クズは両サイドと、そして酌をしてくれる女性と会話を楽しみつつ、浴びるように酒を飲んでいった。


 そうして数十分程度が経過した頃。

 食事の膳がつまみ用の物に変えられ、酒と音楽、踊りを皆で楽しんでいると――。


「――失礼します。お連れ様が見えました」


 男性店員が正座をして、襖を開く。

 すると啓発そうな顔をした男性が宴席の畳に上がり――。


「――クズさん。言われた通り、私も来たよ。ははっ、随分と楽しそうで」


「おう、新村! お前の席はここだ!」


 コの字型になっている席。

 クズのみ1人で奥に座っていて、右側の手前――クズと東郷の間の席は空席だ。


 そこの座布団を叩き、クズは新村を呼ぶ。


 ペコペコと頭を下げながら座敷を進んで行く新村だったが――自分の座る席の、隣に座っている人物を見て、その動きを止める。


「――東郷、盛道? オイオイ、嘘でしょう……」


 眉を潜めながら、現実逃避するように言う。


 東郷もそれまでの和やかな表情が嘘のように、重々しい声で――。


「――新村、じゃと? また偽名か。嘘と詭弁、銭儲けが上手い長門藩らしいやり方じゃな。……のう、木村小五郎きむらこごろうよ」


 新村――いや、長門藩士、木村小五郎へと鋭い視線を向けた――。

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