12話

 不穏な空気が流れ出した座敷。


 黒霧藩士の東郷盛道と、長門藩士の木村小五郎は睨み合い――。


「――だぁあああ、もう! 折角のお姉さんたちの音楽と踊りが止まるだろ!? ほら、新村だか木村だか……名前なんかどうでも良いけど、はよ座れ!」


「く、クズ殿? ワイも偽名を使われた被害者じゃ――」


「――東郷よ! そんな事を言ったら、俺のクズだった偽名だろ!? 兎に角、美味い酒を飲むんだよ! あんたらに何があったか知らんけど、喧嘩してたら美味い酒は飲めねぇだろうが!? 一緒に席を共にするんだから、楽しむ事だけ考えろっての!」


「ぬぅ……。確かに、オイはクズ殿に詫びをせにゃならん。後から来る人を同席させる約束もしてしもた。……武士に二言は無い。詫びもせぬうちから敵対するなど、黒霧藩士の名折れ。……木村よ。ここは――」


「――分かったよ。……クズさんと縁を結びたいのは私も一緒ですからね。犬猿の仲のあんたらと一緒になんて、普段は全力で御免被るんだけど……。私もクズさんには命を助けられた恩と詫びがある。我慢するよ」


 両者、渋々と言った様相だが――やっと納得し、木村も席に着いた。


 食事の膳も運ばれ、木村の杯に酒が注がれると――。


「――よっしゃ! じゃあ今度は俺が乾杯の音頭とやらを取ろう! 美味い酒、綺麗なお姉ちゃん、俺のストレスを浄化する最高の夜に――乾杯!」


 極めて利己的な乾杯の音頭。


 正直、酷い口上だと言わざるを得ないが――ドラゴン退治から続く、緊張とシリアスの連続。


 やっと遊ぶぞと決めたクズは――既にもの凄いペースで酒を飲み、出来上がっていた。


「よし、舞妓さん! 俺も踊りを覚えたぞ!? こうだな!?」


「まぁ、クズさんお上手ですなぁ。あても負けまへんよ?」


 そうして宴席の中央で、クズと舞妓さんが共に踊り出す。


 宴会好きな精霊――クズと契約をしているサラマンダーやウンディーネもいつの間にか顕界し、酒を呷り赤い舞台の上で一緒に踊っている。


「あ~! お前ら、俺の舞台を奪ったな!?」


 ――ふんっ! 宴席で俺たちを除け者にしようなど、無駄だ! 戦闘能力は絶無に抑えているから、魔力回路の心配は要らんぞ!

 ――妾もこの者達の舞には感銘を受けた。一緒に飲み、舞おうぞ。


 そうして――舞妓とクズに、大精霊2体を交えた踊りが始まる。

 大陸で披露したようにアクロバティックで、派手な踊りではなく、繊細な美しい舞を。


 その様子を傭兵団やアウグストは苦笑して見詰め――。


「――オイは、夢でも見取るんじゃろか?」


「――既に人間界を去った神々……。火の神様に、水の神様? おいおい、クズさん……。ただ者じゃねぇとは思ってたけど、あんたは一体……」


 精霊を神と崇める大八洲人の東郷と木村は、その神がクズと楽しそうに舞う様子に――あんぐりと口を開き驚愕していた。


「……佐幕派、幕府の犬である黒霧藩には、神々の恩恵なんていらんでしょ?」


「何を言うか! 黒霧藩とて、このままの幕府ではいかんと思うておる!」


「へぇ……。倒幕派として行動を起こした長門藩をボコボコにしておいて、どの口が言うのかね?」


「ふんっ。黒霧藩士は、受けた恩には報いる。……これまでの恩は、前回の長門藩征伐で十分に果たした。幕府は我が藩へ過剰な負担を強いて来たのじゃからな」


「……ほう? なら、これからは倒幕派へ傾くと?」


「それは、まだ分からん。……じゃがな、この国の未来を憂いているのが長門藩だけだと思うな?」


「はんっ。……どうだかねぇ。いずれにせよ、神々の意志――錦の御旗があれば、こっちのもんですよ。クズさんと縁を深めるのは、私たちに譲ってもらうよ?」


「何を言うか! オイはまだまだクズさんへの詫びも済んでない! 実に興味深い御仁だと、心から思うとる! 美味い酒を酌み交わしたし、深く友誼を結ぶのはこれからじゃ!」


 両者ともに、なんとしてもクズと縁を深めねばならない。


 それが藩の未来――いや、大八洲という国家の未来にも関わるかもしれない。


 言い合いもそこそこに、産まれて初めて……伝承以外で初めて目にする神と人間の親密な光景に、東郷と木村は目を奪われる。


 畏れ多くも偉大なる神と、まるで親友のように言葉を交わしながら宴を楽しむ様を――2人は戦慄し、固唾を飲んで見守っていた。

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