15話
クズが団を去ってから、約二週間ほどが経過した頃――難民キャンプで大きな問題が勃発した。
朝から幹部用のテントで財政と支出を計算していたマタとナルシストは、
「もうすぐ……奴隷商船から鹵獲した金銭が尽きる」
「それは、まずいねぇ……。三百人分の食事、住居費用……とんでもない早さで溶けてしまうもんだ」
その金額と今後の予測を立て、頭を抱えていた。
「……私の予定では、彼等には精神的に復活してもらって、今頃は自活している予定だった」
「僕たちが余所の領主に支援をお願いしても、傭兵団ギルドに連絡しても無駄だったねぇ。追加の支援は断られる。……ま、自分の領民じゃないから当然なんだろうけど、参ったねこれは」
「……全部、私の見込みが甘かった。村を再建するっていうから、何か直ぐに売れるものを生産して、長期的なビジョンで再興するんだと思ってた」
「……他に、彼等は収入の当てはあるのかな?」
「ない、らしい……。完全に、うちの傭兵団が助けてくれると思ってる。今も配食を作って配ってるのは、全てうちの団員。完全に『自分達は被害者だから、助けられて当たり前』。そういう心理になってる」
「それは……美しくない。そうか、彼はこうなることを……予見していたんだね」
二人の脳内には、いつも自分達を引っ張ってくれたクズが浮かぶ。
あの日、自分達を見放して去って行く背中だ。
あの時は感情に流され、『この可哀想な人達を助けなければ』と思っていた。
だが、考えが甘かった。
「義兄様が指示した『ヘイムス王都を目指せ』、『知り合いを頼れ』って指示は……妙案だったのかも」
一方的に遠くの――他者の領地から難民保護要求をするのと、領内に入り込み助けてくれないのかと領主の膝元で言うのでは、大きく意味が変わる。
「……手紙や口頭で統治者に面倒毎を伝え、断っても統治者は何も痛くないからね。何せ、自分が人道に反する判断をしたと民衆にバレないのだから」
だが、実際に王都レベルの大都市に大挙して難民が押し寄せれば――それは、助けるしかなくなるはずだ。
「助けを求める人を見放す領主だと領民に見られれば……領主は肩身が狭くなる」
「……あの時のクズ君のように、かい。トップは時に非常な決断を求められるものか……。それを悪と断じるのは、早計なのかもしれないね」
助けを請う道中でどうなるのか、難民の感情はどうなるのかという問題は置いておいても――今のように依存と、全体の破滅に向かうことは無かっただろう。
「現状の問題を正直に話して、みんなに働いてくれないか聞いて見る」
「そうだね。村を再建するためと言えば……彼等もきっと、また立ち上がってくれる」
そんな時――テントの外から女性の悲鳴が聞こえてきた。
そして、その声が誰のものか声色で理解した二人は――。
「アナ義姉様!?」
「アナちゃんの声か!? 何があったんだい!?」
かつての自分達の団長だった、大恩あるクズの思い人にして――旧アナント王国の王女。最近になって幹部入りした彼女は現在、先頭に立って難民達へ配食を配っている。
荒事になれていない彼女に何かあったとしたら――自分達は大恩あるクズに合わせる顔もない。
慌ててテントを飛び出し、靴で泥を跳ねながら炊き出し場へ駆けていくと――。
「――だから、俺の皿には肉が全然入って無かったって言ってるんだよ!? テメェが配ったんだろ、やり直せ!」
「若いから何でも許されると思わないで! 私達、死ぬ思いをしてきたのよ!? なんでもっと味のあるご飯をくれないの!?」
「痛い……ッ。お願い、離して……ッ」
「あんたら、それ以上の暴力はやめるっす!」
一緒に配食していた傭兵団員の一人が剣に手をかけると――。
「……なんだよ、あんたらまで俺たちを脅すのかよ」
「そうやって弱い者イジメばっかりするのね」
難民達は、死んだ目を浮かべて泣き言を言い始めた。
「く……ッ」
そんな顔をされると、こちらが悪事をしているような気分になる。
団員の一人は、渋々と剣から手を離した。
「――話は聞いたよ。まず、手を離そうか。腕力の劣る女性に乱暴をするのは……男の美学に反するだろう?」
「……難民のみんな、聞いて欲しい」
「ナルシストさん、マタちゃん……っ」
やっと解放されたアナがマタへとしがみつく。余程怖かったのか、その手は小刻みに震えていた。
いい加減にしろという怒りがマタの頭に込み上げてくる。
何だとこちらに注意を向けた難民達へ対し、マタは――。
「みんなには、いい加減働いてもらう。もう奴隷商人から奪った資金も物資も尽きる。このままじゃ、全員が飢え死ぬ」
そう言った次の瞬間――難民達はどよめき、そして怒りに立ち上がった。
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