16話
「――ふざけんな! 今さら何して金を稼げって言うんだ!」
「仕事も何もねぇ! 俺たちは何もかも奪われて、連れ去られてきたんだ!」
「あんたらが金を使い込んだんだろ!? この詐欺師どもが!」
「ちょっ……暴力は止めるっす!」
「あんた達、いい加減にして!」
暴徒のように猛りながらマタの元へ詰め寄る集団に、団員達が壁となり防ぐ。
暴れる暴徒と抑える団員の力がせめぎ合い、足下の土が削れていく。
足場が悪く倒れた難民は、泥だらけの顔で目を見開きながら、なお立ち上がり暴れ続ける。
必死に食い止めるが――団員はあちこちで殴られ蹴られしている。
遂には大勢が武具へと手をかけるが――。
「あんたらも暴力か! 俺たちみたいな弱者は殺しちまうか奴隷、あんたらも奴隷商人や悪徳貴族と一緒だッ!」
「――……ぐっ」
住民達の言葉の暴力によって、剣は抜けない。
暴徒化しているとはいえ、難民だ。
(戦う術すら知らず武器を持たない彼等を切るのは――虐殺した奴隷商人と変わらないのかもしれないっす……)
そう思ったからだ。
「みんな、理性的になって聞いてくれたまえ! 三百人が二週間過ごす物資や資金だ。それは途方も無い額で……この先、君達が村を再建するためには、自力で生活できるようになるしかないんだよ!」
「――そんなもん、知らないわよ! 私達は傷ついてるっ。温かいご飯、安全な寝床と休息を求めて何が悪いの!?」
「そうだ! 俺たちは地獄を見てきたんだ、少しぐらい休む権利があるはずだ!」
「ちょ……みんな、おかしくない!? ぼくは自分の食い扶持ぐらい自分で稼ぐのは当たり前だと思うんだが……っ」
「テメェ裏切んのか、黙ってろ! オイ、あんたらが何とかしろよッ。上級の傭兵団なんだろ!?」
何を言っても無駄だった。
一人、異論を唱える女性の声が聞こえたが……大多数の大声にかき消されている。
――なぜこうなってしまったのか。
自分達は、困っている人を救うという当然のことをしただけなのに。これだけ暴れられる元気があるのなら、働く事だってできるだろうに。
そう苦悩していると、暴徒の一人が傭兵団の壁を殴って破り、
「弱い者イジメをする奴らを許すなぁッ!」
マタに抱きつくアナへ掴みかかろうと、走り寄り――。
「――自分が弱いって自覚してるのに何もしねぇバカは、一生歯車にでもなってろ」
「――足が、動かない!? なんだ、この石は……突然出てきやがった!」
足下が――岩に代わり、固定されて動けなくなった。
「なんで、さっきまで間違いなく土だったのに……っ! 畜生、動けねぇッ!」
遠くから男の小さな声が聞こえた途端、足場が変わった。
戸惑う男と、突然の異常事態に暴動を止める難民の前に――何者かが街道の奥から近づいてくるのは目に入った。
それは一人では無い。
難民達も傭兵団も、徐々に近づいてくるのが――かなり大規模な集団だと分かった。
そして、誰よりも視力の良いナルシストは――先頭に立つ人物を見て、思わず瞳を潤ませてしまう。
「すまない……。本当に、君には――助けられてばかりだよ」
その集団は、すぐに誰でも目視できるぐらい近づいてきた。
それは何十人もの馬車集団と私兵で、先導するように馬に乗っているのは――。
「――クラウス……ッ!」
失落の飛燕団を脱退したはずのクズだった。
アナはたまらずクズへ抱きつこうと数歩走って――動きを止めた。
(私がクラウスの言うことを聞かなくて、こうなったのに……。自業自得なのに、辛くなったら縋りつくなんて。そんな都合のいい事……できない)
呆気に取られる難民と、合わせる顔が無く、静かにクズを待つ傭兵団員の元へ――馬車集団が到着した。
「――ギルバートの旦那、こいつらですかい?」
商人らしい男が、馬車から出てきて問う。
「ああ、そうだ。――あんたら、それぞれの契約書通りの人数、年数、待遇……忘れんなよ?」
「もちろんです。我々は商人です。契約を破るのは、生き恥をさらすのと同様です」
「ああ、職人も一緒だ。約束は守る」
「こちらも一緒です。当然の話ですな」
「……よし」
改めて馬車集団の代表らしき者に確認を取った後クズは馬に乗ったまま、難民達の前まで走り寄ると――。
「剣を抜いただとっ!?」
「お、俺たちを殺す気か!?」
「――黙れ」
鞘からシャリィンと音を立てながら剣を抜き、剣尖を暴れていた難民へと向けた。
洗練された意匠が施された剣が陽光を煌めかせ、難民達は恐怖に「ひっ……」と情けない悲鳴をあげた。
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