第11話
「謹んで、拝命致します……っ!」
自らの兄から命を受けるランドルフ・ヴィンセントは恭しく頭を下げながらも、苦悶の表情を浮かべていた。
事実上の『死んでくれ』という命だったからだ。
「……ランドルフよ。我が弟であるそなたの忠義を疑う訳ではない。だが――移封先に家族を連れて行く事は許可できない。また、そなたの長女であるエロディアは明日より王宮にて暮らしてもらう」
「な……王よ! いや、兄よ! それはいくらなんでも……っ!」
「ランドルフ公爵、落ち着かれよ! 御前である」
「よい。……これは、議会の決定なのだ。大丈夫だ。無事に戦が終われば、全て元通りにできる」
「無事に戦を……ッ」
「ヘイムス王国の救援が来るまで何としても耐えてくれ。いずれにせよ、一番安全な地は王宮だ。良いな?」
「……くッ」
ランドルフ公爵は、怒りと屈辱に震える手を腰の剣に伸ばしかける。
――それを、クラウスが小声で留めた。
「父上、陛下の仰るとおりです。王宮が一番安全なのは間違いありません。我々が前線で耐えきればいいだけです。御前で抜剣など決してしてはいけません」
「クラウス……ッ。――かしこまりました。陛下の仰せのままに」
二人は頭を下げ、王宮から家へと戻った。
帰り道を歩く二人は、沈黙していた。
「――義兄さん、また戦にいくんですか?」
「……今度は、長くなるって聞いた」
「……ああ。しばらくは、帰ってこれないだろうな」
「クラウス……血は繋がっていなくても、あなたは私の宝物よ! 何もしてあげられない義母でごめんなさい。もっと、あなたの顔をよく見せて……っ。――どうか生きて、生きて帰ってきてね……!」
アデリナはその晩、クラウスが好きな献立を山ほど造り、クラウスの頬を愛おしそうに撫でた。
「エロディア、マルター、アデリナ、そしてクラウス……っ。お前達家族は、俺の宝だ……ッ! お前達だけでも俺は、俺は……っ!」
ランドルフ公爵は己の家族を強く抱きしめながら愛を語る。
その言葉に、家族も逃げたりせず抱きしめ返す。
「父さん……」
「お髭、痛いよ……」
「あなた……。私達は幸せだったわよ。それに、私達にとっても家族は宝なの。だから、無事に帰ってきてくださいね」
「ああ……っ。ああ……ッ! 三人を残して出立する俺を、どうか許してくれ……っ。エロディア、本当に、本当に済まない……ッ!」
「……どうしたんですか、お父さん?」
「それは……」
俯いたランドルフ公爵は、次の言葉を出せない。重苦しい沈黙を破ったのは、クラウスの声だった。
「エロディア。明日から、エロディアは王宮で暮らさなければいけなくなったんだ。俺達が無事に帰ってくるまでの間だ。……それが、議会の決定らしい」
「え……私、この家を出て行かないといけないんですか?」
「クラウス、それはもしかして……人質ってこと!?」
「義母さん、それはわかりません。……ですが、王宮が一番安全なのもまた確かです」
「それでも、それでも……ッ! こんなのは貴方達が寝返るのを防ぐ為としか……っ。あんなに小さな頃から貢献してきたクラウスや父さんを疑うなんて……ッ!」
「窮地に陥った時、人は疑心暗鬼になるものです。大丈夫、俺達が寝返るなどあり得ません。俺の主は。王宮にいます。他の人物に仕えるぐらいなら、俺は戦場に散りましょう」
「アレクサンドラ王女の事ね。確かに、ね。でも、でも……ッ。私からエロディアを奪うなんて……ッ」
「ふ、二人とも喧嘩は止めて下さい! よくわからないですが……私が王宮に行けば解決なんですよね? 大丈夫です、お母さん。王宮にもお友達はいますし、行ってきます。だから、喧嘩しないで」
「姉様……。そのお役目、私じゃダメ?」
「済まない、誰が行くかまで議会の決定なんだ」
「そう……。私が代わりに――」
「マルター、大丈夫です! 私は長女ですから! それに、義兄さん達ならきっと敵を倒して帰ってきます。それまで、王宮で贅沢してきますよ」
「――済まない、済まない……っ!」
ランドルフ公爵は、只管謝罪しながら俯くだけだった。
その晩の公爵邸には、重苦しい沈黙が包んでいた。
父は足早に自室に籠もり、義母は心配し父の傍へ行っている。
和やかな雰囲気など存在しない。
義妹達はクラウスと寝たいといい、義兄にしがみつくようにベッドへ入った。
「こうして、三人で眠れるのも……最期かもしれないな」
涙を流してしがみつく二人の頭を撫でながら、クラウスは呟く。
クラウスも理解はしていた。
今回の移封は、出兵は……大軍を相手に苛烈を極め――己の死地となることを。
――そして万が一にもランドルフ公爵が指揮する最前線で敵前逃亡や裏切りが起きぬよう、そして指揮官であるランドルフ公爵が裏切りを止められるように『人質』をとったという事を。
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