10話

「――クズ君、煙が見えたよ! 村が焼かれているようだ!」

「もう見えるのか。さすがだな、ナルシスト! 眼はいいな!」

「眼だけじゃなくて僕は顔や心も――存在の全てが美しいよ」

「美しさじゃねぇ、視力だ!――ここからは馬を持ってる幹部だけ先行する! 他の奴らは後から続け!」


 馬に乗る幹部――クズにアナ、そしてマタとナルシストが馬を駆けさせ、他の団員は走る。歩兵は荷物も抱えているため、合わせると到着が遅れてしまう。

 煙という目印が見つかった以上、馬に乗る者だけでも先に乗りこみ――虐殺や奴隷狩りを阻止するべきだと判断した。

 団員達もそれを理解しており、後詰めとして乗りこむ為に隊列を整える。

 そうして馬を駆けさせた四人が村に着くと――。


「……酷いね、美しくないやり方だ」

「家屋は殆ど焼け落ちて、遺体も転がってる。老人か、抵抗した人みたい」

「……無事な人は、いないのかな?」

 馬を降りて村の中を探索し始めると、それは地獄のような光景であった。焼き払われた家屋や肉が焼け焦げる臭いは鼻腔から脳に渡り、耐えがたい不快感を与える。

「……ナルシスト、ちょっと来い」


 浜辺に出たクズが、波風に髪や衣服を揺らしながら指示をする。


「どうしたんだい、クズ君。ここは船場……かな。生き残りはいないようだけど」

「――海の向こうに、何かある。見えるか?」


 水平線の一点を見つめながら問うクズに応じ、ナルシストも眼を細める。

 しばし潮騒の音のみに支配された後、ナルシストがため息混じりにいった。


「……あれは、帆船だね。おそらく、奴隷運搬に使ってるんだろうね。商会のマークも協会のマークも帆には書いてない」

「……クソが」

「ずいぶんと沖合にいる。……逃げられたね」

「ふん。――全員集合だ。この小舟を海に運ぶぞ」


 浜に伏せて置かれている小型の漁船をひっくり返しながら、クズが召集をかける。

 呼ばれて集まった三人とともに海へと小舟を移動していく。サラサラと柔らかい音をあげる砂浜に脚を取られてしまい、小舟を海にまで運ぶのも一苦労だ。


「クズ君。敵はかなり沖にいる。……さすがにこの小舟では追いつけないよ」

「義兄様……私の魔法でも、届かない距離」

「私のシルフィの風を使っても……難しいかな」

「いいから、黙って入水させるぞ」


 有無を言わさぬクズの気迫に押され、黙って小舟を海へと運ぶ。

 そうして、やっと海へ小舟が浮かんだところで歩兵達も追いついてきた。彼等は目の前の悲惨な光景に口を押さえる者もいれば、クズの行動を訝しむ者もいる。


「――よし、全員乗ったな。ちゃんと掴まれよ?」

「クズ君、何を……?」

「――まさか、義兄様」


 マタが何かに気付き、眼をまん丸に開いて顔色を青くした時――。


「――来いウンディーネ、サラマンダー!」


 ――やれやれ、久しぶりじゃのうクラウス。

 ――無事にアナ王女と再会できたようで何よりだ。


 クズの左右から、頭サイズの水の大精霊、そして炎の大精霊が姿を顕しふよふよと浮いた。

 これまで休ませていた精霊を呼び出した。クズの持つダブルギフトのうちの一つ、『精霊術士』によるものだ。ただでさえ稀少な精霊術士という天職。そのうえ精霊と会話でき、常時顕現させられるほどの高い才覚は他に類を見ない。


「おう、あんがとよ。二人とも、俺に会いたかったか? 寂しかったんだろう?」


 ――減らず口はかわらぬのう。

 ――やはりお前の中で大人しくしているのは性に合わん。暴れる方がいい。


「火遊びが好きなお前の望み、叶えてやるぜ。――行けるな? ウンディーネ」


 ――当然じゃ。……妾も、だいぶ不愉快だったからな。


「まさか、クズ君……ッ」


 これから起こるであろう事を予測し、ナルシストが戦慄の表情を浮かべる。アナはセミのようにクズへとしがみついている。

 クズは悪辣な笑みを浮かべると――。


「やっちまえオラぁあああああああああああああああああああああッ!」


 クズの放った怒号を合図に、ウンディーネの身体から膨大な霊力が溢れ――。

 穏やかだった海面が浮き上がり――津波となって沖へと向かう。

 クズ達の乗る小舟を波に巻き込んで――。


「波乗りでぶっ込むぞ、待ってろボケカスどもがぁああああああああ!」

「すごい、クラウス……!」

「風が、すごいッ。落とされないようにしないと……ッ」

「クズ君、死ぬ! 僕が海に飲まれるよッ!?」


 一人だけ船に掴まるのが遅れたナルシストは――船から身を投げ出され、両手でなんとか掴まっている状態だ。

 自慢の筋肉を精一杯使って、船の一部が指型に凹んでいる。だが、揺れる度にバインバインと海面にバウンドしており、もう涙目だ。

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