第9話

「ふざけんなクソマスタぁあああああああああああああああああああああああああああッ!?」


「うわぁああああああああああああ!! だからごめんってぇええええええええええええええッ!!」


「とんでもねぇモンスターの情報隠してやがったな!? 最上級の危険じゃねぇかッ!? キマイラもサイクロプスも危険度Sランクじゃねぇかッ! 練度不明れんどふめいな百人の兵と一緒に、最低でも正規兵せいきへい五百人は要るモンスターに二回も突っ込めだと!? アホか、誰がやるんだそんな自爆じばくクエストッ!」


「だから君にしか頼めなかったんだよぉおおおおおおおおおッ!!」


「んなもん、上級ランクの奴らに頼めよアホかッ!!」


「上級の人達は安全で割の良い仕事が斡旋あっせんされてるから、受けてくれないんだってぇええ!! 少なくとも他に四百人の傭兵見つけてから声かけろって、足蹴あしげにされるんだよぉおおおおおおおッ!!」


「そりゃそうだろ! まともなリスク管理できる奴なら誰だって断るわ!!」


「だからまともじゃない君たちに頼んだんだろうっ!?」


「俺達がまともじゃないのは脳みそと名前だ!」


堂々どうどうと言うもんじゃあないよ!」


「――やかましい! とにかく、こんな依頼受けられるかッ。うちの傭兵団は『安全第一』が方針だ! 俺は下でさっきのお姉さんがくれた依頼を受けるぞ。彼女が一生懸命探してくれたんだ! 優しい俺は無駄むだにしないっ!!」


「ちょちょっ! さっき普通に彼女を見捨みすてたじゃあないか!? 他の女のことは忘れてっ! 私を見捨てないでぇえええええええええええええええええええええっ!」


「そんな事実じじつはないし、人聞きが悪いんだよっ!――ええい、放せっこのっ……!」


 執務机から身を乗り出し、立ち去ろうとするクズにガッチリ逃がさないようにしがみついてるシリ。


 ――三十歳を目前もくぜんひかえた女性が十八歳の男性に対し、涙ながらにしがみつく有様ありさまはなんというか……。


 凄く切実せつじつな別れ話を繰り広げているようにも見えた。


「絶対に出るわけじゃないからっ! ただ生息域を掠めるだけだからぁああああああああっ!!」


「俺達の傭兵団ランクはⅤだぞ!? 万が一でも出たら、全滅必至ぜんめつひっしのランクだ!」


「そんなの君が安全なクエストしか受けないからだろうっ!? 君なら大丈夫っ!――自分を信じるんだ! 私だって必死なんだ!」


「うるさいわっ! 俺は自分の運の悪さ、トラブルメーカーとしての資質ししつを信じているっ!」

「情けないことを言い切るんじゃあないよっ!」


「やかましい! 俺は石橋いしばしの下と横にも石橋を作ってからわたる人間なんだ!」


「その根性を違うところにかそうよっ! 私は君たちの本当の強さを知ってるんだからねっ!!」


一時いっときおごりが身を滅ぼすんだっ! 他人の命を危険にさらせるかっ! これは団長としてのポリシーだ!!」


「そんなこと言わないでぇえええええ! 頼むよ! くだんの貴族様から早くしろって圧力が毎日凄いんだよぉおおおおおおおおおっ!! 報酬を増やすのはもう無理だって言うし、報酬山分やまわけはもめ事の種だし割が悪いしで、誰も受けてくれないんだ……ッ。追い込まれて泣きそうなんだよ~ッ!」


「その不幸に俺を巻き込むなっ! 自分の仕事なんだからあきらめて追い込まれてろっ!」


「私だってこの若さでギルドマスターなんてやりたくなかったよぉおおおおおおおおっ!」


「泣くなっ! 同情はするが助けられん!」


「――ええい、わかった!! だったら、この依頼を成功させたら私をお嫁さんにあげるよっ! お姉さんの身体を好き放題できるんだよっ!?」


「……いや、行き遅れてあせっているとうわさになってるシリはちょっと……結構ですかね。重くて嫌です」


「――……。……ちょっと待ってってね」


 いったん休戦とばかりに、片手で執務机の上にあった呼び鈴をチリンチリン鳴らした。


 すると、ほどなくして一階で受付をしていたお姉さんが室内へ入ってきた。


「はい、どうしましたギルドマスター?」


「私からの緊急依頼だよ」


「え?」


「――私が嫁に行き遅れてるって噂を流している人の捕縛ほばくクエストを発注はっちゅうするんだ。――今すぐ、ね」


「ひっ……! は、はいぃいいい!」


 受付のお姉さんはひどおびえた表情で部屋を出て、階段を駆け下りていった。


 シリが背中にしがみついている体勢たいせいの為、クズにはシリの表情ひょうじょうが見えない。


 見えないからこそ、一体どんな表情であったのか知ることが怖い。

 本当に怖い。


 ひんやり冷えた空気が室内を支配しはいする。



「――では、俺も失礼しますね」


「逃がすわけ、ないだろぉ?」


 再び両手でがっしりとしがみ――からみついた。

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