第10話
「怖いんだよっ!? もう帰せッ! 俺は男女平等主義だからな、行動阻害には蹴りで対処するぞ!?」
「いいや、放さないよっ! 足蹴にされても殴られてもいい! 私にはもう、君だけしかいないのっ!」
「重い! 想いが重いんだよっ! だから男に逃げられてんじゃねぇのか!? 学習しろッ!」
「重い女とかいわないでっ! 君が女に靡かない高潔な人だってことは分かったよ! うん、素晴らしいね! うんうん、きちんとした対価がいるよね! 成功したら傭兵団ランクアップは確約する!」
「命あっての物種だっ! だいたい、ギルドランクⅣに上がったら国家の紛争に巻き込まれるだろ! そんなもん願い下げだ、アホかっ!!」
「――二千万っ!」
シリの口から出たその言葉に、激しく抵抗していたクズの動きが弱まった。
「成功報酬はギルドからも色をつけて、合計二千万ゼニーだそう! 他に依頼を受ける傭兵団が複数いれば、一千八百万を山分け予定だった報酬だ! 独占依頼だからね、これは破格だよ!? 君の中抜き用に契約書の工夫をしてもいい!」
「――――」
「更に今ならなんと、道中に必要な全員分の食糧と物資もうちのギルドで用意しよう!」
二千万ゼニーに、傭兵団四十人が二週間過ごす食糧や物資。合法的中抜き。
破格の条件だ。
「依頼中であろうといつだろうと、多くの兵を食べさせる費用は最も大変な出費だろう? これは、最高の条件だと思うな~」
全く以てその通りだ。
一人頭一日三食で千ゼニーと考えれば、失落の飛燕団は存続するだけで一日につき四万ゼニーが必要となる。
薪代など細々したものを加えれば、もっと必要だ。
更には最低限の給金も渡す方針の為、常に運営資金はカツカツ。
これが、マタの頭痛の種である。
「二週間のただ飯……。俺への中抜き……」
そもそも傭兵団の団長は他の団員と違って給金制ではない。
利益の出ていない傭兵団の長なら、無給で働いているようなものだ。
中抜きしなければ、クズの懐には一ゼニーも入らない。
実際、クズの懐事情は厳しい。
安い娼館で女性を一度抱いたら、すっからかんになる。
このあまりの好条件にクズの脳内にも迷いが生じた。
「いや、俺はみんなの安全が第一……」
一方、抵抗が明らかに弱まった事を感じたシリは、ここが勝負所とばかりに追撃をかける。
クズの耳元に口を寄せ、口説くように妖艶に囁きだした。
「――ねぇ? 起きるかもわからない危険ばかり考えて、見えてる利益を損なうのは団長としてどうなんだろうね?」
「ぐ……」
「二千万の中に団長への特別手当付き契約書があれば、君の中抜き分で色んなことができるよねぇ」
「――色んなことだと……?」
「例えば、ほら。――夜のお店とか。すごい高級店に行けるんだろうなぁ……」
「すごい、高級店……」
「そう、最上級のお店の子はさ、美しいだけじゃなくて接遇も超一流。間違っても人を馬鹿にしたりしないし、懇切丁寧に色々と教えてくれるらしいよ?――ほら、これでその権利が手に入る」
ひらひらとクエスト受諾書をちらつかせながら、シリは煽る。
シリの言葉を聞いて、クズの身体に電流が走った!
人を――童貞を馬鹿にしない。
童貞に、懇切丁寧に色々教えてくれる美人のお姉さんっ!
しかも、これは所謂契約の為の『付き合いで仕方なかった』という大義名分が得られるのではないだろうか。
――そうだ、これなら仕方なかったといって一歩を踏み出せる!
自分への言い訳ができる。心理の枷が外れていく音がした。
「――入りづらいなら、お迎えの馬車を用意させてもいい。高級店なら、それが出来る」
その言葉を聞いた瞬間、クズは受諾書を奪い取り――執務机にあったペンで受諾のサインをした。
「――多くの領民を抱える貴族を護ること。それは結果的に、より沢山の人々の笑顔を護ることに繋がる! 俺は、人々の笑顔を護りたい!」
キリッと格好良く言い切りながら、受諾書をシリに渡した。
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