第8話

 ソファから腰を浮かせ、執務机しつむづくえに向かうシリに近づき――机にバンッと両手を着いた。


 完全に被疑者ひぎしゃ取調とりしらべを行う構図こうずだ。


「な、なんだい? どうかしたのかな?」


「俺は常に人をうたがって生きている男だ」


「それはなんとも、さびしい告白だね」


 やかましい。――と内心思うが、今はそんな些末さまつなことはどうでもいい。


「だからこそ、交渉こうしょうでは人の嘘や誤魔化ごまかしに敏感びんかんでな。――俺をだませると思うなよ?」


「なんのことだい? 私は嘘をついていないよ?」


「ああ、嘘はついてないな」


「ほらほら、そうでしょう?」


「でも、後ろめたいことを隠してはいるな」


 余裕の表情を浮かべていたシリがピタッと動きを止めた。


 同じく後ろめたいことを抱えているクズにとって、に落ちないことがあったのだ。


「貴族の人間関係を聞いた時は、情勢じょうせいも含めすんなり出てきたな。だが、モンスターについて聞いたとき、パッと思い出せなかったのはなぜだ? なぜ依頼書に目を移した?」


「それはほら、僕だって管理している地域が広いからね。モンスターの生息域せいそくいきとか被害状況とか、思い出したり確認ぐらいするさ」


「本当か?」


勿論もちろん


「国内外の権力争いより、モンスター対策が傭兵ギルドの専門分野だ。傭兵ギルドの長であるお前が、政治情勢せいじじょうせいよりモンスター関連の方が思い出すのに難儀なんぎすると?」


 顔を更にずいっと近づけて詰問きつもんするクズ。


 シリはその分だけ顔を後ろにそむけた。


「――そうだねぇ。確かに、不審ふしんに思われちゃったなら謝るよ。でもね、専門分野だからこそギルドマスターとして間違った情報は出せないからね。慎重しんちょうになっていたのさ」


「ああ、確かに嘘をつかないように慎重だったな。――貴族からの襲撃は『ない』と言い切ったのに、モンスターの種類については――『とかかな?』とにごしたり……なぁ?」


 シリが息を飲んだ。


 たらたらと汗が額を、頬を流れていく。


「そもそも、そんな低級モンスターしか出てこないなら傭兵団含めて百人もの護衛を用意するわけがないだろう?」


「――――っ」


「……へいシリ」


「……はい、私はシリです。こんにちは」


「どういうつもりだ?」


「すみません、質問の意味がよくわかりません」


「変な声でとぼけんな。いいから正直に全部答えろ。道中にはどんなモンスターが出るんだ?――危険なモンスターも含めてだ」


「……そ、そうだねぇ」


 もはや隠し通すのは無理と悟ったのか、視線を宙空ちゅうくう彷徨さまよわせていたシリは――やがて諦めたようにふうっと息をついて席を立った。


 そして明るくいとけない笑顔を浮かべ――。




「――多分、キマイラとかサイクロプスの生息域せいそくいきかすめていくかな? あはっ!」


 てへっと額に手を当てて、あざとく小首をかしげた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る