第18話
「何? では、あいつはやはりクズでは無いではないか。人々を助ける騎士だ」
「違う。一方的に助けるのは、呪縛を生む。依存と妄信という最も怖い信教。そうして与える事を止めれば、裏切ったと逆上する。責任も同じ。誰かに責任を押しつけて、自分が上手くいかないのは人のせい。上手くいくようにしないのが悪い。そうやって自分で責任を持って何とかしようとは思わず、結局は依存する。寄生する。上手くいかなければ、寄生していた宿主に牙を剥く。そうならないために、義兄様はあえて突き放す。それでも残ったのが、ここにいる仲間」
「助けておいて、突き放すのか……。それは、鬼畜なのか? よく解らなくなってきたぞ……」
「無人島で魚を与えても一時しのぎ。なら、魚の釣り方を教えればいい。そうすれば、自分で食べる手段を身につけられる。――じゃあ、衣食住のうち衣と住は? お金の稼ぎ方は? 効率的な使い方は? 魚以外の食べ物は?――何もかも教えて責任を取っていたら、それは自分の手駒――言いなりの道具や奴隷を作るも同然です。兄様は、それは生きていると表現できない。生かされているだけだと言っていた。その時一瞬見せた悲しそうな顔を、私は見てしまった」
魔法杖で消えかけた焚き火に火を足しつつ、マタは言う。
この火をつけるという行為さえ、やり方を知らなければ、誰かに依存しなければならないのだ。
「まあ、本心はクズ君にしかわからないからね。僕らの憶測でしかないんだけど」
「それに、団長って偶に鬼みたいに非道な事もしますよね!」
「例えば、どんなことだ?」
「今思えば、アナント軍の敗残兵だったんだと思う……。ある町が賊に襲われて支配された。戦いの心得がある若者や、町を守ろうとした者はみな戦死していた。為す術もなく逃げ惑い、捕まり乱妨取りされていく領民達。そんな中で実質的に代理領主のような存在だった豪商は領民や従業員、己の妻と娘二人を差し出して逃げた」
「何? それはクレイベルグ帝国が裁く案件だろう!」
「まだ帝国の統治も安定していなくて、帝国から任命された地方代官もいなかった。アナント王国時代の代官も戦で死亡したらしく、後日になって裁ける者もいなかった」
「そうか……国の支配が移るどさくさに紛れさせた凶行という訳だな。それで、その町は今はどうなっているんだ?」
「普通に存続している。ただ、義兄様の事を悪鬼羅刹のようにみている」
「聞くのが怖いが……あいつは一体、何をやったんだ?」
「ギルドの掲示板に貼られた討伐依頼を見て、鬼の形相に変わった義兄様が賊を始末した。町に討伐に行ったら、賊の慰み者になってた人の中に豪商の娘が生き残ってた。飢えてガリガリになった子供や死体、眼に光もない人々が寝転ぶ嫌な光景の中でも、生き残ってた人は結構いた。生き残りだった豪商の娘が『父が今、どうしているのか知りたい』って追加で依頼をくれた。だから、逃げた豪商を探した。すると、違う街で有力者の支援を受けながら商売成功させ、ハーレム作って贅沢な暮らしをしてるのを見つけた。町を支配していた賊にも定期的に分け前を送って、それも交渉材料に逃げ延びたらしい」
「あれは非常に不快だったね。正直、僕はその場で始末してしまおうかと頭に血が上ってしまったよ。今のようにクールな美しさが、あの頃の僕にはまだ足りなかった」
「義兄様はそうやって安穏としてるとこを引っ張ってきた。その豪商を引きずりながら町に戻った時に降り注ぐ石と罵声は凄かった」
「絵に描いたようなクズだな……。そいつの方が余程クズじゃないか」
「いやいや、この話はこれからだよ。僕でさえ、始めてクズ君を恐ろしいと感じたんだから」
「……何?」
「義兄さんは生き残りの娘に『父親をどうしたい?』って聞いた。そうしたら『殺しても足りないほどに難い。生き延びたことを後悔させてやるほど苦しめて殺したい』と言った。それを聞いた義兄さんは一言だけ、『分かった』というと……。処刑を始めた」
「なんだと!? 法に基づかぬ処刑など、私刑ではないか! 重罪だ……ッ!」
「僕達もいつかクレイベルグ帝国から討伐隊が派遣されると思ったよ。でも、この件が明るみに出ることは無かったんだ。クズ君は、経験から分かっていたんだね。恨みを買った者がどういう末路を辿り、私刑を明るみに出なくするにはどうすればいいのかをさ」
「――つまり、みんなを共犯者にしてしまえばいい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。