第17話

「ありがとう。美しいイケメンに継がれる酒もいいもんだよね。……僕はね、女好きで女性の美しい笑顔の為ならどんな事でもする」


「それは、素晴らしい事じゃないか」


「――でもね、世の中に富は限られている。貴族というのは平民から富を吸い上げる存在だ。……実家はかなりあくどい仕事をしていた。領地の民を苦しめ、それを当然の権利としていたんだ」


「上に立つ者は人の憎しみも背負わねばならない。そういう選択を出来るから貴族なんだろう」


「そうだろうね。当然の権利と思って人の苦しみの対価を吸い取り、多くの人々を生かさず殺さず。それが貴族だ。そして、僕の生家も例に漏れずだった。むしろ、他よりえげつなかった。巧妙な詐欺で必死に働き、コツコツ貯めたお金を死なない程度にだまし取った。本来、労働の対価として金銭を与え、得た金銭で楽しく自由な時間を買う筈なのに――その権利すらも奪い取った。……幼い頃からずっと疑問だったんだよ。温かい家のガラス戸の外に見える、薄手の外套に包まって暖め合う庶民、母子の存在がね」


「……貧富格差の大きくなるような領地経営をしていたのだな」


「セイネル王国だろうとウチであろうと、貴族なんてそんなものだろうさ。ある日、空腹で辛そうな顔をしている女の子を見かけてね。何を言っても笑わないし、全てを諦めた眼で虚ろに座り込んでいた。なんの気まぐれか、家から出来たての温かなパンを持ち出してその子に食べさせたんだ。――身が震えたよ。なんて良い顔で、美しい顔で笑うんだろうってね。それから僕は、隠れて家の財産を配った。――でも、無計画な子供の行いはすぐに露見した。僕は親兄弟に監禁され、厳しい折檻を受けていた」


「……貴族の教育、というものだな」


「そう。――でも、僕はどうしても自分が間違っていると思えなかった。みんなの笑顔の美しさの方が、黄金や高価な衣服よりも尊く思えたからね。そうして幾日も食事を貰えず、暗い折檻部屋に閉じ込められていた日だ。――クズ君が現れた」


「は? なぜ、そこでクラウスが出てくるんだ?」


「当時、まだクズ君達は傭兵団を結成して間もなかったんだけどね。食い扶持が無い中で、僕にパンを貰った領民の一人に依頼を受けたらしい。――僕を助けてくれと」


「あの時の報酬は、宝物だと言っていた熊のぬいぐるみだった」


「そうらしいね。クズ君はそんな報酬で僕を暗い闇から救ってくれた。強盗さながらに屋敷を襲い、誰も彼も縛り上げてね」


「……ますます、奴がクズと言われる理由が分からんのだが。正義の行いではないか」


「「やりすぎたんだよ」」


「……は? やりすぎた?」


「そう。当主である僕の父と前当主の祖父を裸に向いて馬の背に縛って、朝から領内を駆け巡ったんだ。吸い上げた財産や衣服を街中にばらまきながらね。父と爺様の股間がブルンブルンしていたよ。それを見る僕の気持ちが分かるかい? 財宝を抱え指刺しながら嗤う民を見る僕の気持ちが……」


「それは……クズだな。悪夢だ」


「お陰で領主の威厳は無くなって、以後は重税をかけられなくなって、詐欺行為も無くなったらしい」


「そう。ただ同時に、事の発端となった罪で僕は勘当になった。――それでも、妙にスカッとしてね。感謝の言葉を述べてクズ君の元を去ろうとしたんだがね……。クズ君が言ったんだ」


 ふっと微笑みながらナルシストは笑う。


「……『お前みたいな馬鹿で周りも見えないナルシストは、同じぐらい馬鹿な奴としか相容れない。強いて言えば、俺みたいな帰る場所もない渡り鳥みたいな奴とかな』ってね」


「その素直じゃ無い誘い方、すっごい団長らしいっすね!」


「とにかく、それから僕は自分の生き方を恥じることがなくなった。自由気ままに自分の是と思う事に従って生きられるようになった。……まぁ、最後に父の股間に『粗品』と消えない火傷をつけたクズ君はやりすぎだと思うけどね」


「あいつは、一体何をしているんだ……」


 エドはその時の光景を想像して頭をかきむしった。


 元とはいえ騎士。

 それも英雄と言われたクラウスの姿からはかけ離れた下卑た所業。

 誇り高き騎士として、苦悩せずにはいられなかった。


「それから、僕はクズ君達に恩返しをしたくて身体を鍛えたんだ。貧弱な貴族の子息であった僕では重装備も着れないし前線にも立てなかったからね。幸い、僕の転職が狩人だったようで、弓の腕前もよかった。鍛え始めてからは、成長の日々だったよ」


「あれは成長というより、変異。みるみる筋肉達磨になっていくのは、驚愕の光景……トラウマ。服も買っては食い込み、弾き飛びを繰り替えしていく……。率直に言って人外」


「ナ、ナルシスト君が貧弱だった時があったのか……」


「信じられないかい? まあ、僕は最古参だからね。――でも、ここにいる傭兵団のみんなはだいたいクズ君に救われてここにいるんだよ」

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