第19話
「共犯者、だと?」
「そう。まず処刑台の上に設置された木に磔にされた豪商へ、民が全員で石を投げる所から処刑は始まった」
「君たちの母親と、同じか……」
「そう。それを黙って見ていた兄様の顔は……怖かった。そして身体中傷だらけ、生きているのかも分からなくなったところで……豪商を縛っている縄と処刑台を切り壊した。――下には、サラマンダーが熱した薬液があった」
「なん……だと?」
「クズくんが錬金術士としての技能で作り上げた特殊な薬液だよ。薬液に落ちた豪商は水中で藻掻きながら皮膚を焼かれ、黒焦げになっていって。沸き立つ黒い泡、吹き上がる煙、徐々に骨のみになっていく姿……。領民も余りに凄惨な光景で悲鳴をあげたよ。生き残った娘だけは狂気に顔を歪めて笑っていたけど、僕達も悲鳴をあげた。あまりに凄惨だったからね。最期には薬液にまた錬金を施して、骨をも溶かしきった。そうして、クズ君は言ったんだ。――『愛する者を捨て、保身に走る者は総じて凄惨な最期を迎える。こいつを殺したのは俺でもあり、ここにいる全員だ。俺達は全員が憎しみという狂気に染まり私刑を行った殺人鬼だ』ってね」
「それはもしや……ヴィンセント公爵が裏切って処刑になった状況に擬えた暴虐か……?」
「多分ね。いつも飄々としているクズ君らしくないって僕達も不可解だったんだけど、クズ君自身から過去を聞いて納得したよ。裏切って保身に走った罪、処刑に参加した罪。そして――父親の裏切りを見逃してしまった罪。全てを怨嗟し、繰り返すべきでないと思っているからこそ、あんなにも苛烈な処刑を行ったんだね」
「おそらく。それからその町の様子をしばらく観察していたけど、誰もクレイベルグ帝国へ通報した者はいなかった。義兄様に全ての罪を押しつけるのも仕返しが怖い。告げ口して自分一人無罪だと裏切れば、同じような最期を迎えるかもしれないと思ったと考えられる」
「あれは、本当にクズだったね。それまでは自分で『半端物で不要のクズ』だって自虐したり『卑劣、人の風上にも置けないクズ』って周りに言われたけど、なんだかんだ善いこともしてたり紳士的だっていう空気があったんだけどね。……まあ、この一件から団内では完全に『クズ』って名が定着したね」
「そんなクズな義兄様が行動した結果、恐怖で守られた治安もある。ただ豪商を処分しただけなら、きっといつかまた賊に襲われたり裏切り者が出た。或いは、自分達が賊みたいな事を始めていた。自分がされた事なら他の人だってされても構わない。そう考える人間は、どこにでもいる」
「もうあんな美しくないクズ君を見たくはないけどね……。僕らが知ってるクズ君がクズになった所以はこんな感じなんだけど、分かってもらえたかい?」
「そうか……。色々と言いたいこともある。確かにやり過ぎだ。幼少からの戦で多くの人々を殺め、自分の父の裏切りで更に多くの同胞や愛する人も失った業。歪になってしまったクラウスの奴が、何を思ってそのような行動に出たのかは正直、理解できん。確かに悪逆非道なうえに身勝手なクズだと感じる部分もある。――だが、やはり俺には思う事がある」
「何?」
「――奴はやはり、俺には辿り着けない存在だ。時に苛烈だろうと、その行動によって民心を動かしてしまう。結果として民衆を守ってしまう。――俺にはできない。自分の信念を持ちながらも、その実、これが正しいと言われたことに従ってしまう。旧アナント領を守る為、口車に乗って帝国の騎士となり未だ秩序を護る事しか考えてない俺には、決して出来ない常識を打ち破る行動の数々。――あいつは、常識という壁を破れず維持しかできない俺と違って、世間を変えられるような格好良い『英雄』だということだよ、マタちゃん」
杯を揺らしながら、自嘲的に微笑むエド。
その目には、幼い頃から年齢以外で一度も勝てずにいた弟弟子への羨望と――嫉妬の念が籠もっていた。
心なしか杯を掴む手に力が籠もるがエドの耳に――。
「「「アッハッハッハ!」」」
傭兵団員が腹を抱えて笑う声が聞こえてきた。
驚愕に顔を上げると、滅多に笑うことの無いマタまで口元を抑えて笑っていた。
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