第5話
「どうなされましたか、お嬢様?」
先ほどの気だるげで抑揚のない声が嘘のように、クズは澄み渡ったイケボで応じた。
「わ、わたくし。とても怖くて……ご迷惑なのは分かっています。ですが、どうかお傍に……っ」
その声を聞いた瞬間であった。
「――マタっ! 俺は護衛対象の身辺警護を引き受けた。戦闘はお前らに任せたわ!」
凜々しく指示を追加。前方からは兵団員の「「「あ!?」」」と怒りの混じった声が聞こえたが、まぁいつもの事かとすぐに敵兵への進軍を再開した。
義妹が貴族令嬢と義兄を交互に見て――義兄の真意に気が付き『後で話がある』というような、強い嫉妬と怨嗟を含んだ眼差しを向けてきた。
クズはひらひらと手を振って苦笑を浮かべた。
「――お嬢様。私がお傍で御守りさせて頂きます。どうぞ、ご安心を」
貴族令嬢へニカッと笑うクズ。
その笑顔に安心したのか、貴族令嬢がパッっと花が咲くような笑みを浮かべた――。
「義兄様……。また他の女と……っ。早く豚どもの調理をして、義兄様の傍にいく。ああいう女遊びは、ダメ。危険。夢見る箱入り娘は思い込みが激しくて一時の感情に流されがち。注意が必要」
最後方から隊を指揮しながら、姉妹は義兄への思いを語り合っていた。
そうこうしているうちにも敵は近づいてくる。
型も無く闇雲に剣を振るう私兵団とオークの集団が目と鼻の先に近づいてきた。
「まずはこの豚どもをさっさと片付ける。一班、行動阻害魔術準備。目標、味方部隊と交戦中の豚ども――一斉に、出して!」
マタの部隊が放った行動阻害魔術は空中から紫煙を漂わせ――私兵団と近接戦闘をしているオークに纏わり付き、動きを極度に鈍らせた。
オークの行動が鈍ったところで、マタが大きな声で私兵団に指示を出す。
「前線の味方部隊、一時撤退して陣形を整えて!――そこじゃ攻撃魔術が当たる」
マタの声に、最前線で戦っていた私兵団は我先にと傭兵団の後ろまで逃げ帰ってきた。
集団から攻撃魔術をぶちまけられるなど、たまったものではない。
「――範囲攻撃魔法準備。……目標、豚どもの中央」
無愛想で冷静なマタが、魔術杖に込められていく魔力の奔流で赤い髪を揺らしながら――。
「――豚共の中に、たくさん放って」
冷静に攻撃の合図をした。
次々に放たれる火、風、水、雷、爆発――様々な範囲攻撃魔法が百を超えるオーク部隊へ当たり、吹き飛ばしていく。
団員が一通り攻撃魔術を放ち終えたところで――。
「サンダーストーム」
無傷のオークが最も多い場所に、雷鳴を撃ち落とす暴風が巻き荒れ――オークを次々と飲み込んでいった。
凄惨な光景と恐ろしい威力の魔法に、後退してきた私兵団は眼が飛び出さんばかりの驚愕を浮かべた。
「……ん。これでしばらく、魔術撃てない」
一発が強力な分、魔術は連発できない。
マタは魔術杖を降ろし、再び魔力を少しずつ杖へ送り込み始めた。
「――二班突撃するよ! 必ず複数人で敵とぶつかってね! 大丈夫、安心して戦うんだ。僕はいつでも君たちを危険から護るナイトなのだから!」
「一班は援護射撃。回復魔術が使える者は、遊軍部隊の回復を優先」
「二班の皆、周りを見るんだ。一班と呼応して戦ってね。連携は人類の生み出した英知にして芸術だよ。一足す一は二じゃ無いんだ」
ナルシスト率いる二班が近接戦闘部隊がオークに突撃していく。
オークの前線は行動妨害魔術で身動きが遅くなっており、その他のオークも攻撃魔法で既に手負いだ。
突撃していった部隊は、次々と敵を蹴散らしていった。
中でも眼を見張る働きをしていたのは――。
「おや、彼の動きは危ういね――っふ!」
ナルシストは冷静な目で戦場を見渡しては、劣勢にある味方や危うい戦い方をする兵を支援。
バキバキの筋肉をはち切れんばかり収縮させ、強弓から精確で高威力の矢を次々と射る。
準備が出来た後方部隊からは指揮で攻撃魔術や支援魔術が飛んできて、オークの大軍は為す術なくその数を減らしていった。
そして、負傷して逃げ帰ってきた私兵団は――。
「大丈夫? あなたは傷が深い……痛そう。もしかしたら、遅れると手遅れになる。細菌感染していたら切断が必要になるかも。今ならたったの一万ゼニーでばっちり治療するが――どうする?」
「切断だって!? こ、この痛みが消えるなら安い、命あっての物種だ!――ほらっ! 頼む!」
「任せて」
ゼニーを受け取りながらにっこりと(堕)天使のような作り笑顔を浮かべるマタを中心に、回復魔術を受けてはその対価を支払わされていた。
心なしか、マタの顔は艶が増していった。
「これでやっと、私に余剰金が出る。義兄様と二人だけで暮らす資金の目処がたった」
こうしてオークとの戦闘は一方的な蹂躙となっていた――。
「凄い凄い……っ! 貴方様方は本当にお強いのですね!」
「はっはっはっ! 自慢の部下達です。私程ではありませんが、みんなお強いですよ。私がダントツにお強いですがね!――だから、どうか私を信じて安心してください」
「団長様……! い、いえギルバート……様でよろしいですか?」
「勿論ですよ――お嬢様」
仲間の奮戦をよそに、クズはクズ活動をしていた!
生ゴミを見る目の家令と、傭兵団の実力に安堵しつつも――娘に近づく毒牙に気が気でない貴族の目線がクズに降りかかるが、そんなものを今更気にするハズもない。
クズにとって軽蔑や侮蔑、警戒など慣れた視線だ――。
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