7話

「少なくとも、俺はそう思っていたね。あの人の傍こそが、俺にとって護りたい場所――『楽園』だった。エドが言ってましたけどね、あの人は帝国に捕らえられて死ぬ直前まで、俺が帰ってくると信じてくれていたそうっすよ。――俺は、そんな想い人の気持ち一つ護れないクズだった、っていう訳だ。そうして自由に生きようと思っても、結局は自由になれていなかった。翼なんて、俺には生えてなかった」


「ほう。クラウス君はいまだ何かに囚われていると?」


「ええ。裏切った父親を斬って、国への罪悪感からも解放されると思ってた。――だが、結局俺の心は囚われたまま。最愛の人を護れなかった。約束を果たせなかった罪悪感に囚われた、籠の中の鳥もいいとこですよ。いまだに彼女という安寧な籠に入りたがっている。傭兵になって何処を旅しても消えなかったのと同じ。その事実にくよくよして、理性で感情を抑えられない。あなたを逆恨みするほどにね。……浅い人生をしてますからね、こんぐらいしか語る事はないですよ」


 ――だから、もう一人にしてくれ。


 三年前から誰にも話せなかった事を話せてスッキリしたのと同時に、今になっても込み上げてくる無力感と寂寥感がクズには耐えきれなかった。


 今は、一人になって気持ちを落ち着けたかった。


「――そうか。良い話を聞かせてくれてありがとう。――雨も降ってきたし、私は失礼するよ」


 気が付けば月は隠れ、濃い雨雲が流れてきていた。肌にもポツポツと雨粒が当たる。


 通り雨だろうが、今夜は大雨が降りそうだ。


 ライヒハート伯爵は身を翻し、悠然と歩きながら晩餐会場に戻っていった。


 残されたのは、メイドとクズのみになった。


「……あんたもご主人様について行けよ。奴隷なんだろ?」


 人としての人生は既に死に、自由なんてまともに与えられない籠の中の鳥――奴隷。


 その奴隷の女性にクズは老婆心から忠告をした。


「…………」


 メイドは晩餐会場から急いで一杯の酒を持ってくると、クズの元へ向けて差し出した。


「……なんだ? 俺に飲めってか?」


「…………」


 主人であるライヒハート伯爵から発言は許されていないのか、何一つ反応しない。

 だが、一向に手を引っ込める気配はない。


 それを見て、クズは自分の問いへの肯定と受け取った。


 数秒ほど時間をおいて、クズは差し出された杯を手に取る。


 それに満足したのか、メイドは小走りで晩餐会会場に戻っていった。


「なんなんだよ……まさか毒か?」


 手にした杯に並々と注がれた酒。

 甘い匂いが鼻をくすぐる。


 訝しく思いながらその酒を口に運ぶと――アナント名産のリンゴで作った果実酒の味がした。


「……美味いな」


 王城から城下街を見下ろして、改めて杯を鼻に近づけ香りを堪能する。


 アナとの思い出が詰まったリンゴの果実酒をゆっくり、ゆっくりと味わいながら飲んでいった。


 爽やかな口触りの果実酒が、胸中のモヤモヤを少し軽くした――。


 それから少し、急に大雨の降りだした城下街を見下ろしながら黄昏れた。


 そうして自分の気持ちを切り替えたクズは、自室へと戻った――。

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