2話
大海に乗り出した船の上。
クズは波打つ海面を眺めながら、叔父であるヘイムス王に言われた言葉を思い出していた。
「傭兵団ランク、ね……。ハッ! 唯でさえドラゴン討伐で傭兵団ランクまで格上げされたってのに。これ以上、下手にランクが上がったらどっかの国から強制指名依頼でもされかねないっての」
「義兄様。ランクが上がるのは良い事ばかりじゃない?」
「当然だろ、マタ。良いか、ランクが上がるって事は依頼の単価が上がるのと同義だ。張り出されている依頼ばかりじゃなく、指名依頼もな。指名依頼にも国家の行く末に関わるような厄介な依頼が拒絶不可能な半強制の指名で来るんだ。……ついちょっと前のⅣ級辺りは、上級だから指名は来るが単価は安いからと、実は一番良いラインだったんだよ」
「成る程、まぁボクを安く使えると――」
「――うるせぇ鶏ささみ肉」
言葉を全て言い切らせることなく、クズがバッサリと切った。
それも仕方ない。
唯でさえ男臭い船旅が続くと嫌気が差していた所で、筋肉をピクピクと動かし『安くない』などと主張しようとしたのだから。
男らしさの象徴とか逞しさの主張なんてのは今、必要ないのだ。
「……クズ君、せめて自分で付けたあだ名で呼んでくれないかな? もはや鳥の一部位だよね、それ? 心まで強く美しい僕でも流石に――」
「――メンタルが強いのは認める。ナルシスト、無駄口を叩いてないで団員の荷物を纏める。唯でさえ団員40人に船員の食料とか積み込んで、船室の整理が重要なんだから。筋肉を無駄に遊ばせないで」
「ま、マタちゃん? 僕の扱いが雑では……」
「あ! ぼくも手伝うね! 筋肉なら『怪力』のギフト持ちのぼくの方が役に立つのです!」
「チチ。助かる」
いつも通り愛されイジられキャラのナルシストが2人へ自分の魅力を説明しながらついていく。
何だかんだで失落の飛燕団は幹部から団員まで家族のように仲が良い。
「アイツらは何処に行っても騒がしいなぁ」
長い船旅、傭兵として金を得に行く訳じゃない。
クズとしては、そこまでする義理は無いと引き返してくれる事も、団長としては期待していた部分があったのだが――結局、全員が付いて来た。
傭兵なんて何時死ぬか分からない。
それも未知数な国だからリスクも正確には読めない。
それでも一緒に来てくれるのが何処か嬉しくもあるが――全員がヘイムス王国に残ってくれれば、監視の目が無く大八洲でワンランク上の男になれるかもしれないのに、とも思う。
だがついて来ると言うからには、せめて――。
「――せめて給金を出す為の貯金が尽きる前に帰ってこねぇとなぁ。経理のマタが血反吐を吐いちまう。大八洲で手頃な仕事を探したいが、ギルドも無しに手頃な傭兵仕事ってのは探しにくいなぁ。……ま、何とかなるか! いざとなりゃ石を錬成して作った適当な貨幣でも渡して『これが大八洲の通貨だ』とか行っておけば良いだろう!」
「……クラウス。楽しみだね」
何だかんだで、まだ視ぬ国と――長年探し歩いた義妹であるエロディアを、また己の家族……傭兵団の仲間に迎えられるかもしれないと、クズの声も何処か楽しそうだ。
意識しないと気が付かないようなレベルの差違に気が付くのは、流石は重いストーカーレベルでクズの傍から離れようとしないアナである。
「まぁ、な。……でもなぁ、なんっか嫌な予感がするんだよなぁ」
「予感?」
「ああ。俺の予感って結構当たるんだよ……嫌な予感だけな」
「またドラゴンを討伐する事になる?」
「そこら中にドラゴンが居たら人間はもう滅んでるだろうな。……とは言え、だ。何とも言えねぇが……大八洲はかなり不気味なんだよ」
「不気味って、どういう事?」
「まともに国交をしない、閉鎖的な部族って時点でコミュニケーション能力が乏しそう。そんで外国との交わりが少ないから、独自の文化とか価値観が発展してそうで面倒な気がする。自領である島国の発展だけで満足する程、人間の欲は甘くない。本当に問題なく発展してんなら、他国侵略の為に力を溜めてそうで怖い。他国の侵略所じゃないってんなら、国全体が火中も良い所。火事場に突っ込むとか、勘弁してくれって話だよ」
「……私が思った以上にクラウスとしては行きたくない理由が多かったね。でも慎重なのは良い事」
クズが空を飛ぶカモメを見詰めながら、遠い目をして言う言葉をアナは苦笑して聞いた。
ドラゴンすら討伐する力があるのに、クズは臆病なまでに慎重。
かつて国を失い追放に近い辛く苦い経験をしたから、もう二度とそんな経験をしたくないという深層心理から来るんだろうと思えば――アナにとって、これ程に頼もしい成長はない。
2人が甲板で大八洲の話をしているのを聞きつけたのか、元気娘のチチがピョンピョンと跳ねるように――。
「クズ団長、大八洲の情報が知りたいの!?」
「あ?……チチ、そう言えばお前――」
「――うん、ぼくは大八洲で商船に売られ運ばれていたのを皆に助けてもらったのです! つまりぼくの出身は大八洲だね!」
そうだったとクズは思い出した。
助けた大勢の中の1名だからと忘れていたが――ここに実際に現地を知る情報源があった。
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