第3話

「……どこに行くか分からない方が旅は面白い。未来が分かる人生なんて、クソゲーだ」


「……義兄様、良いことをいった風に言っても、さすがに無理」


「美しい言葉だね。未来は不透明だからこそ、人は可能性に胸をときめかせる」


「ああ、もう……っ。まぁ、義兄様が受けるクエスト。大きな危険は無いはず。……無い、よね?」


 呆れながらも義兄の過剰なまでの安全思考だけは信じているマタが問を重ねた。


「ああ。派閥争いとか、面倒な襲撃の心配はほぼない。出現するモンスターもゴブリン、コボルト、オーク、グール――とかかな?」


「……余裕綽々の雑魚ばかり。それぐらいのモンスターなら、ウチの新入り達の経験を積むのにも丁度良い。さすがは義兄様」


「僕はもっと強いモンスターとも出逢いたかったね。その方が高価で良い素材も良い物が取れる。――マタちゃんや他の女性団員にも良い物をプレゼントできるしね?」


「団の運営は順風満帆。その素材を売れば、蓄えも増える。研究素材としても文句なし」


 ナルシストの決め顔をさらりと受け流し、マタが僅かな笑みを浮かべた。


 ナルシストも邪険に扱われるのは既に慣れている。


 むしろ慣れ親しんでいるとさえ言える。


 筋肉質な身体を揺らしながら担いだロングボウのずれを直すと、穏やかな微笑を浮かべていた。


 安心し切っている二人の穏やかな会話が聞こえてきて安心している団員一同。


 ――きゃっきゃと和やかで弛緩した空気が包む集団の中で、心底焦っている男が一人居た!


「ああ。雑魚ばっかりだ。――だが、俺はこうも思う。みんなもいつか、突如起こる修羅場を経験して欲しいってな」


「ふふっ。いつかはそうだよね。覚悟が出来ていない、準備も経験もない状態でそんな場面に遭遇したら、命が危険だからね」


「――そ、そうだろう?……命の危険はいつやってくるかわからない。この世に百%の安全なんてあり得ない。もし準備してない時に何かが突然起きたとしても、きちんと対応できるように俺はなって欲しい」


 何かが起きる可能性があると臭わすクズ。


 ――万が一キマイラやサイクロプスが出現した時、みんなから話が違うと責められないよう必死に予防線を張るクズ!


「……義兄様。ありがとう。そこまで私達のことを考えてくれていたのは素直に嬉しい」


「今の言葉は中々胸に響いた。この世に百%はあり得ない。全く以てその通りだね」


「ああ。わかってくれて何よりだ」


 ――上手くごまかせた!


 心の中で渾身の力でガッツポーズを決めながら、クズはいつもの面倒くさそうな顔を浮かべ続けていた。


 嘘つきが磨き続けてきた秘技、ポーカーフェイスである。


「そう考えたら、いつかっていうのがたまたま今日って事もあり得るよね」


「理論的にはそうなる。でも、今ある情報から考えるとその可能性は極めて低い。そんな唐突な事、運が余程悪くない限りあり得ないと思うけ……ど?」


 マタがそう口にしたとき――運が余程悪い男が頭に浮かんだ。


 ナルシストも同時に心当たりがあったようで、当の運が悪い男に一斉に視線を向けた。


「……な、なんだよ。そんなに俺の事見るなよ。乳揉むぞコラ。いや、揉むほど無いか、擦るぞ」


「義兄様、毒が飲みたい?……いや、まさか義兄様と言えども……」


「僕はいつでも心の準備ができているよ。安心してくれたまえよ」


「安心とかじゃあない。なんで義兄様はそんな運が悪いの? 呪われてるの?」


 過去の失落の飛燕団の旅路で、クズは際だって運悪く災難を呼んでいた。


 過去の経験則からまだ何も起きていないのにクズを責め立てる幹部達。


「そんなもん、俺が聞きたい。それにまだ何も起きていない。俺を責めるのはお門違いだ」


「そ、それもそう。……何も起こってない。まだ……うん」


 暢気な遠足のようであった先ほどの空気から一転。


 言い知れぬ不安感が漂っていた。


 クズを見る団員達が気遣しげな、心配そうな顔を浮かべていた。


「――って止めろぉ! 変な空気を作るんじゃねぇよ!?」


 自分を責める空気を変えようと叫ぶクズ。


「そうだよ、みんな! まだ何も起きてないんだし、クズ君を責めるのはやめようっ!」


「おお、ナルシスト……!」


 自分を庇うようなナルシストの意見が嬉しくて、クズは感謝の念を込めた笑みを浮かべナルシストに視線を向けた。


 ナルシストは再びにかっと白い歯を耀かせて笑い――。



「――このまま、何も起きないといいねクズ君っ!」


「止めろっ! 妙なフラグをたてるんじゃあない!!」


 何かが起きる事を予期させる、あるいは誘発するようなお約束展開。


 ナルシストは見事にその地雷を踏み抜いた!



 ――前方の私兵部隊から叫び声が聞こえてきたのはその時であった。

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