第2話

 作法に乗っ取った流暢な所作で恭しく頭を下げるクズに、キラキラした瞳を向ける貴族令嬢。


 先ほどまでの無愛想さと打って変わったクズの態度に、不審な物を見る目を向ける家令。


「私、お恥ずかしい事に他国までの長旅なんて今回が初めてで……とっても不安なんです」


「ご安心ください。道中の不安は、この私ギルバートと付属の傭兵団が全て排除致しましょう」


 すっと立ち上がり、安心させるために馬車へ向かって手を伸ばすクズ。


「まあ、なんて頼もしい! 信頼しておりますね」


 クズの手を取るため、馬車から手を伸ばそうしたときだった。


「汚い手で触れるな。使い捨ての下民めがっ! 分相応に生きてワシのために死ね。邪魔だッ!」


 馬車の内部から派手に着飾った肥満のおっさん――貴族が唾をクズの顔に吐きかけて言い放つ。


「…………」

「…………」


 彼女の父親と思しきブタ――、再びクズと家令だけの空間となった。


「――ご、護衛だけは、しっかり御願いしますぞ……?」


「豚を一匹殺してやろうかと一瞬思ったけど、あれを無事に運ぶのが二千万ゼニーの条件なんだろ。なら、黙ってやりますよ―」


 家令の男性は申し訳なさそうにしつつも、『本当にコイツを信じて良いのか』と胡乱な目つきで再度念押しをした。


 対して面倒くさそうにひらひらと手を振り応えて立ち去るクズ。


 悩ましい表情で頭を抱えつつ眉をひそめている家令。


「やれやれ、相変わらずだね。クズ君は男と女への対応が違い過ぎる。あの貴族も、上級意識が強いね。我々なんて人間とすら思っていないようだ。結局どこの国の貴族も、既得権益に浸り民を見下す汚物みたいなものだ。美しくない……。それにしても、よくクズ君はキレなかったね」


「当然。あれこそが義兄様だから。本当に、格好良い。……それにしても、あの貴族令嬢……義兄様の手を握ろうとするなんて。アレは危険分子と判断した」


「やれやれ、マタちゃんも相変わらずのようだ。代わりに、僕の手で君の寂しさを埋めるよ?」


「いい。余計なお世話。本当にいらない。この手を少しでも遠くに引っ込めて」


 何度も見たような光景を、傭兵団一行は遠巻きから苦笑して眺めていた――。



 

 一行が王都を出立して半日以上が経過した。


 ここまでの旅路は非常に順調。


 夜盗や不審な集団からの襲撃、モンスターと出くわすようなこともなく旅路を進めていた。


 約半日以上移動し続けているため、そこそこ王都からも離れてきた。


 王都近隣の非常に整備された街道から、やや不整地が目立つようになり人の影もすっかりなくなった。


 周囲には樹木に覆われた山々が立ち並び、不穏な空気も漂い始めている。


 貴族と使用人を乗せた馬車を挟むように私兵団が先導役と身辺警備を行い、失落の飛燕団は最後方からついて行っている形だ。


 最初はある程度、集団から緊張感が伝わってきた。


 だが半日以上も何一つトラブルなく進み続けていると次第に警戒心も薄れ、規律も緩む。


 失落の飛燕団は旅に慣れているから平時から過度に緊張しすぎることはない。


 だが出立時は神経質なほどビリビリと周囲を警戒し足並みを揃えていた私兵は違う。


 目に見えて足並みが乱れ、良い意味でも悪い意味でも談笑する余裕が出てきた。


 後方からそれを見守る失落の飛燕団――特に馬に乗った団長と幹部二名には、その変化が如実に感じ取れた。


「食糧が保証された和やかな旅、いや観光旅行。悪くない」


「そうだね。……僕から見ると、ちょっと危険だけどね。適度に休憩を入れて美しく引き締め直さなければ即座に対応できないよ。――メイドのみんなともお茶がしたいし」


「……ナルシスト、最後のが本音」


 幹部二名の和やかな会話を聞きながら、クズは暇そうに欠伸をした。


「退屈で緩んでるぐらいでいい。二週間の旅だかんな。気を張ってたら疲れちまうよ」


「義兄様、結局この依頼はどこの国に行くのか?」


「――あ? 依頼書見てねぇの?」


「僕も確認したけど、依頼書には他国としか書いていなかったよ」


「……ぅん」


「マジか」


 キャンプから王都まで移動するまでの四日間、幹部二名は馬に乗って移動していたのに対し、クズは荷馬車の中だった。


 休憩時などに時々会話することはあっても、依頼の詳細やその他について詳しく会話することは今までなかった。


「義兄様は受諾前に交渉したはず。ギルドで聞いたのでは?」


 ――当然でしょ? 早く教えてよ。


 そんな調子でマタが聞いてきた。



「知らね」


「「え」」

 二人の声が重なった。

 嘘でしょ?


 そんな感情が伝わってきた。

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