4話
「――魔物の夜襲だ!」
「数は!?」
「およそ千ッ!」
「なんだと!? なぜその数に気がつかなかった!?」
「魔物は山岳の反対に隠れていた模様です! 夜闇に紛れ、森林から進行してきています!」
「クソ、死角を突かれたか……ッ!」
「狙いは、我々の食糧だろうな。おそらく、ドラゴンを怖れ住処を追われた魔物たちだ」
「数が多すぎる! 一部を残し、即座に離脱準備をさせろ! クララ様を避難させろッ!」
鐘の音に堰を切ったかのように魔物たちが大地を揺らす足音が響いてくる。
向かっているのは、平野部にある野営地だ。
(とんでもねぇピンチだ……)
青ざめた顔で、クズはきゅるきゅると鳴るお腹を抑える。
(こんな騒ぎじゃ――隠れて出来ねぇじゃねぇか! でも、俺だってケツが限界なんだよ!)
クズはお尻に力を入れながら、変な歩き方でチョコチョコ動き――。
「――うるぅあああああああ……ッ! ぁッ……」
「――ギ、ギルバート殿!?」
野営している兵を一時撤退させようとしている殿兵の前に躍り出た。
一刀で魔物の首を切り落とすと――。
「……先に、いけ」
重厚に響く声音で告げた。
「今、なんと? 敵は多い、いくらギルバート殿とはいえ――」
「――いいから、俺を置いて先にいけぇええええええええええええッ!」
クズの咆哮が山脈に響き――山彦のようにかえってくる。
「――まさか御身は犠牲となり、我々を逃がそうと!? いけませぬっ! 我々も――」
「――早くしろぉおおおおおおおおおおおおッ! もう、俺は……抑えられねぇッ!」
クズの身体から可視化できるほどに練られた魔力が放たれたると、二つの塊となり――。
「――ひっ……。火と、水の大精霊……!?」
ゴウッっとクズの周囲の大地から巨大な炎と水の柱が吹き出してくる。
「――我々がいると巻き込むということ、ですか……ッ。かしこまりましたッ。おい、我々も撤退だッ。急げ!」
兵士達は、クズが大精霊の力を使うのに自分たちがいては邪魔になる。
「ギルバート殿は、力を抑える余裕もない程に真剣で必死だ! 表情からもそううかがえる! 戦士の気概を無駄にするな!」
叫びながら、急いで後方にある野営地に向かい走っていく。
そうして兵たちが視界から消えたのを確認すると――。
「……なんで、こうなっちゃうんだろうな俺は……。あう、もう我慢できない……ッ」
――やれやれ、なんでお前はこう……締まらないかねぇ。
「必死に締めてんだろうが!?」
――そっちではないわ! 妾たちが始末しておくから、お主はそこでプルプルと耐えておれ。
「ありがとう、ありがとうな、お前ら……ッ!」
妙にピンと伸びた姿勢で精霊たちに礼を言うクズの瞳は……涙目だった。
ウミガメが産卵するときのように。
そうして、精霊達が暴れだしてから十分ほどが経過したころ。
――終わったぞ。
――ほれ、魔物共の死体をかき集めてきた。ここなら影になって見えんだろう。
「ありがとう、お前らは最高の相棒だぜ!――錬成ッ!」
魔物たちの死骸の中だ。
正直我慢の限界だったクズは、即座に排泄用の穴を掘りバッと屈んで――。
「――ぬぅん、どけぇい! クラウス、無事……か?」
「クズ君、だいじょう……」
「義兄様、助けに……?」
「クズ団長殿、ナイスガッツなのです! ここからは、ぼくらも……っ」
「あ……クラウスだ」
救援にきたアウグストや、傭兵団主力たちと目が合い――。
「「「きぃやぁああああああああああああああああああッ!」」」
不意打ちをくらった女性たちと、乙女のようなクズの金切り声が木霊した――。
「……クズ君、狩人の視力になんて汚らしいものを見せるのかな」
「なんという……。全く、ワシの心配を返せ」
「ん。恥ずかしがる事なんてないのに。人間なら、当然だよね」
千の魔物を単身で追い返るという偉業を成したというのに、一部の者たちに呆れられる。
こんなことも……そう起きない事件だろう――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます