3話
王都からだいぶ離れ、魔域が近づいてきた。
もう数日も行軍すれば、件の鉱山も見えてくるところ。
景色も平原から、すっかり山岳地帯へと移り変わっていた。
野営中、クズは傭兵団のキャンプへ様子を見て回っていた。
「――マタ、さすがだな。スゲぇ量の備蓄だ」
「義兄様。言われた通り、金色の鎖のせいで大量に余ってた薬草を薬にしてる。元々、薬に調剤しておいた分も含めて、今ではかなりの量」
「素晴らしいぜ……。これだけの数の兵だ。途中の魔物に襲われて怪我人も出るだろうし、色んな毒を貰う奴もいるはずだ。――遠慮無く売りさばけ」
「わかってる。――五百人の顧客、戦場価格で売りつける」
「さすが、うちの傭兵団の財務担当だ! 自国を破綻に導きかけてる愚王とはちげぇな!」
「財務の規模が違うけど……褒めて?」
クズに一歩近づき、ひょこっと頭を近づけてくる。撫でてと主張するように。
クズは微笑みながら、マタの要望に応えた。
「なんだ、随分と甘えん坊になったじゃねぇか。うりうり」
「義兄様の周りに女が増えて、構ってもらう時間が減った。最近じゃ、アウグストさんも敵」
「……あの爺さんは、情けだ。それより、薬造りがハイペースだな。ちゃんと寝てるか?」
「……時々?」
「相変わらず、没頭すると寝食を忘れちまうんだな。ちゃんと寝ろよ」
「わかってる。……でもこの依頼は、かつてない危険度。それを無事に終えて……エロ姉さんを助け出せる情報を得られるかもって考えると……昂揚して寝られない。練られないなら、動いてたい」
「そうか……。あんま気負いすぎんな。今日は久しぶりに、一緒に寝るか?」
「……義兄様、女当たりしない?」
「――はっ。俺の心配をするなら、バストの危険度を四段階は上げてから――」
「――アイスボール」
「――ほんぎゃッ!」
クズの顎にこぶし大の氷玉が衝突した。
サイズこそ大きくはないが、正確に脳を揺らす衝撃――。
クズは意識を失い『ドシャッ』と音をさせながら土の上へ倒れこむ。
乙女の胸というデンジャーで繊細な部分を口撃したのだ。
これぐらいの報復は受けて当然。
「……心に受けた傷口は、責任を持って埋めてもらう」
マタはクズの片足を掴み、ズルズルと自分のテントへと引きずり込んでいく。
蟻が自分たちの巣穴に獲物を引きずり込むように。
義妹を不安にさせ傷つけた上に、自分から誘ったこと。
一晩ぐらい添い寝して、安眠できるようにさせてやるのも義兄の役割だ――。
しかし平和な時間に終わりを告げる事件は、突如としてやってくる。
「……便意だ。わりぃな、マタ」
人間が生きていれば当然、排泄もする。
緊迫した空気が続く日々でも、これは仕方がない。
不謹慎でも、汚いことでもなんでも無い。生物として自然で大切なことだ。
行軍中に整備された排泄場所などはない。
大きな穴を掘り決められた場所にするのが兵士や傭兵の常識。
感染症を起こさないために必ず野営地にはそうした場所を用意して、皆が規則に則ってそこで排泄を行う。
――だがクズは、最愛の人であるアナに自分の排泄している姿を見られたくない。
(アナはずっと王宮暮らしだった。兵士の常識はアナにとって非常識だ。まだ当たり前として受けいれてないだろうし……。情けない姿をみせたくねぇ)
だからこそクズは軍規に違反する。
用意された穴ではなく、自分で草むらの中にこっそりと錬成した穴で用を足してきた。
この日も同じように、アナに見つからないよう用を足すために森の億へ一人で進んでいく。
そして錬成で穴を掘り、屈みながら衣服を脱ごうとした所で――。
「――ぇ?」
「――グゥオオオオオオオオオオオオッ!」
「きぃやぁああああああ覗き魔ッ! 魔物どもよ!?」
クズの悲鳴と同時に――斥候部隊や夜間警備兵が緊急の鐘を鳴らす。
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