第6話

 必死ひっし形相ぎょうそうでシリは丸まった依頼書いらいしょにらみ、御礼おれいにと自信満々で持ってきたクエスト依頼書を投げ捨てられた受付嬢は目に涙を浮かべている。


「おま、内容も見ずにしょっぱいとか言ったろっ!?」


「あーあー、聞こえない聞こえない!」


 手で両耳を塞いで聞こえない聞こえないと言い張るシリ。


 クズはシリの悪戯いたずらっ子のような幼い行動にイラッときた。シリの両腕を握り、耳から力一杯手を引きがしにかかる。


「この……っ! おらっ! これで聞こえるだろう!? ああんっ!?」


「ちょっ乱暴らんぼうは止めるんだ……っ!」


横暴おうぼうなお前にいわれたくねえっ!」


「女性には優しくするものだよ!?」


「都合が悪いときだけ女の権利を主張する奴には、真の男女平等を教えてやるっ!」


「クズっ! やっぱり君はクズだよっ!」


「クズで結構だ! たった数日安全で楽勝な護衛するだけで百五十万のクエストだぞっ!?」


「たかが百五十万でしょう!? 私は君にもっと割の良いクエストを持ってきたんだよ!」



 ピタリとクズが動きを止める。



「……だまされねぇぞ。またどうせ俺を騙す気だろう」


「まさか。私が持ってきたのも護衛クエストだよ。それもはるかに報酬が高いし――なんと沢山の美女のそばに約二週間もいられ――」

「詳しく話を聞こうじゃあないか!」


 シリの腕を掴んでいた手を、クズは優しくぽんっと肩に乗せ、先をうながした。


「……清々すがすがしい程にクズだよね」


「俺には団員を食わせる義務があるんだ。その為には思慮しりょ深く柔軟じゅうなんに判断しなければならない」


屁理屈へりくつは超一流だよね。――まあ、いいや。それじゃ、私の部屋で詳しい話をしようか」


 シリはにかりと笑いながら、階上かいじょうにあるギルドマスター室へ行こうと促した。


「分かった」


 先ほどまでの抵抗ていこうが嘘のように、スタスタと軽快けいかいに歩く。


 もはやギルドマスターを置き去りにするほどの軽快さだ。


 商業キャラバン隊のおっさんを護衛するよりは美女の方が断然いい。


 しかも二週間も一緒にいられるのだ。


 沢山いるんなら、もしかしたらその中の誰かとちょめちょめ体験があるかもしれない。


 そうすれば、自由になれるかもしれない。新たな自分に成長できるかもしれない。


 遙かに報酬が高いという話も気になる。


 一日半もの過酷かこくな旅をしてきてろくに休んでいないクズをテキパキと動かすのは、いつでも素直な欲望であった――。


 残された受付嬢が寂しそうな表情でぶちまけられた依頼書を片付けている。


 そんな後ろ姿がちらりと目に入って、少しだけ良心りょうしん呵責かしゃくを感じた。


 クズとはいえ、多少は人の心があるのだ――。



「――はい、お茶どうぞ」


「ああ、ありがとう。さて、早速だが依頼の詳細を教えてくれ。この後予定が詰まっていてな」


 予定とは当然、夜の街へ繰り出すことである。


 ある程度店もしぼり込んでいるのだ。頭の中には既に店の外観がいかんがちらついている。


「予定ねぇ……」


「な、なんだよ?」


 見透みすかしているかのような瞳でねっとりとクズを見る。


 実際、後ろめたいことを考えている自覚がある為、クズは同様して視線をらしてしまう。


 様相ようそうだけを見れば、浮気をとがめられ追い詰められた男に見えなくもない。


「……まぁ、いいけどね」


 だから、シリがそこで話題を斬ってくれたことにクズは安堵あんどした。


 ふうっと胸をなで下ろしてお茶を一飲み。


 ふかふかなソファに座り直し、視線で話題の先を促した。

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