第5話

「団員と宴会えんかいをしてるときに偶々たまたまあんたと、あんたをつける男を見つけたからな。それは許せ。――ほら、犯人からのび状とあんたが盗まれた荷物だ。中身は確認にしか見てないから安心しな」


「一回は見てるんじゃないですか。最悪です。っていうか、袋に入れてあるって事は触ったって事ですよね。……私の下着に変な事、してないですよね?」


「変な事ってなんの事でしょうかねぇ。僕、まだ子供だからわかんなぁい」


「……確かに、全て本物です。この字も、受諾書じゅだくしょに書いてあったあの人の文字と一致します。……その、ストーカーさんは今どこに?」


「裸にいて王都をめぐってから衛兵えいへいに引き渡した。今頃は監房かんぼうだろう。証拠品もこうして出てきたから、間違いなく有罪。少なくとも、王都は追放されるだろうってさ。ま、仮に王都追放にならなくても、あれだけの羞恥しゅうちプレイを受けたら王都には住めなくなるだろうよ」


「そうですか。本当に、ありがとうございます! 他愛たあいもない世間話だったのに、ちゃんと聞いてくれて……。私を助けてくれるなんて。本当に、ずっと怖くてギルドに泊まったり。困っていたんです……」


 ぺこりと深く頭を下げる受付嬢にクズは手を横に振りながら――悪辣あくらつな笑みを浮かべた。


「礼なんて止めろよ。俺はそんな善人ぜんにんじゃねぇ――クズだ。……このタイミングであんたにこの話をした意味、わかるだろ?」


 受付嬢は一瞬キョトンとした後、頬をきながら苦笑くしょうを浮かべた。


 賄賂わいろを贈られていると、今更ながら気が付いたのだ。


「そうですね。……失落の飛燕団さんにはお世話になっていますからね。公募こうぼには出していない、ギルド推薦限定すいせんげんてい割高わりだかクエストがありますよ」


「へえ、どんなの?」


大規模だいきぼ商業しょうぎゎうキャラバン隊の護衛クエストです。王都から辺境の都市までです。拘束期間こうそくきかんは約三~四日間で、成功報酬額は百五十万ゼニー支払われるそうです。大きな危険はないと予測されるため、ポイントは低いですが。……相当にお金持ちの商人さん達が依頼をしていますね」


「――素晴らしいっ!」


 王都から三~四日程度で行ける都市への護衛なんて安全が約束されているようなものだ。


 キャラバン隊なら荷台にだいの関係から人通りの多い大きな街道を通る。

 だから、大規模な夜盗団やとうだんや強いモンスターと遭遇することもほぼない。

 せいぜい普段から狩っている弱い小型モンスターぐらいだ。


 それでいて、報酬額は百五十万ゼニーと高い。

 だいたい一ゼニーでパンが一個買える。

 百五十万ゼニーなら、パンが百五十万個分。しばらく飢え死ぬことはないだろう。


 むしろ百五十万ゼニーもあれば、団の運営資金と中抜なかぬきを徴収ちょうしゅうしても団員全員に分け前を入れられる。


 あとは細々した依頼をこなせば、しばらくは食事や娯楽に困ることはないだろう。


「よし、そのクエストは俺達がう。一応、詳細な依頼書の確認をしてから受諾書じゅだくしょにサインする」


「ふふふ。お気に召してよかったです。では、これが正式な依頼書とクエストの受諾書に――」



 笑顔でやりとりをしていると、上階じょうかいから勢いよくドアが開かれる音――そして、ドドドドッとものすごいいきおいで階段を駆け降りてくる音が聞こえた。



「――クズ君が来ているって本当かい!?」

「嘘です。お引き取りください」


「いるじゃあないか!?」


「く、クズさん……! どうしたんですか、ギルドマスター? そんなに慌てて……っ」


「どうしたもこうしたもないよっ! ああ、最高のタイミングで君が来てくれた! 私はね、ずっと君に会いたくて待ち焦がれていたんだよ!」


「俺はシリには会いたくなかった。ギルドマスターが会いたいなんて、面倒ごとの香りしかしない」


「お姉さんを邪険じゃけんにしないでよ!――ってか、シリって言わないでよっ!?」


 シリとはギルドマスターの通称つうしょうだ。


 彼女の本名はシリル。


 年齢はギリギリ二十代のお姉さん。


 前任ぜんにんギルドマスターである父親が早世そうせいしてからというもの、仕事に殴殺おうさつされている苦労人くろうにんだ。


 クズとは彼女がまだ受付嬢として勤務していた時代からの知り合いであり、それなりに信頼関係も確立かくりつされている。


 氏素性うじすじょうの明かせぬ『失楽の飛燕団』の設立申請せつりつしんせいを受諾してくれたのも彼女だ。


 そんな長い付き合いだからこそ解る。

 彼女がこんな切羽せっぱまった表情をしている場合は――何かしらの厄介やっかいごとを抱えているに違いないのだ。


「シリ、いい呼び名じゃあないか。呼びやすいし、柔らかそうだし」


「お姉さん相手のセクハラはやめんさい。危険な仕事しか回さないよう通達つうたつするよ」


「……ちっ。うるせぇな。反省してまーす」


「よろしいよろしい」


 にこっと笑うシリ。


 実年齢より若く感じさせる幼い笑みだ。


 ――実年齢に似つかわしくない、とも言えるが。


「全く、クズ君のネーミングセンスはどうかしているよ。君の所の団員もマタやらナルシストやら……よく受け入れているよね」


「俺だってクズ呼ばわりされてんだ、あいつらの通称だって妥当だとうだろう。むしろマシだマシ」


「君は真のクズなんだから甘んじて受け入れなよ。皆して変な名前を統一とういつしなくても良いだろうに」


「団として統一感があっていいじゃないか」


「変人としての統一感を出されてもねぇ。――で、何をしているの?」


 シリが苦笑しながら手元を覗き込んでくる。


「報酬の良いクエストを探しにきたんだよ。素晴らしく満足できるクエストを紹介して貰ったところだ」


「――な、なんだってっ!? ダメだダメだっ! こんなしょっぱいクエストは!!」


「――ああっ!?」


「ギルドマスターっ!?」


 クズの手からクエスト依頼書と受諾書をうばってぐしゃぐしゃ丸め、シリはポイッと奥へ投げ捨てた。

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