第4話

 セレネル王国王都にある傭兵ギルドは、『さすがは王都だ』と思わず言ってしまうほどに大きく、立派なたたずまいをしている。レンガづくりで随所ずいしょ稀少きしょうなモンスターの身体の一部を用いた装飾が施されている。王都のギルドはその辺の村々にある支部とは違い、依頼の量が大量であり高難易度クエストも集まりやすい。荒事にも巻き込まれるリスクがあるから特殊な魔法で強化されているようだ。


 更には傭兵団のランクアップといった重要な事務じむ手続きもこなす。


 人口や役割の大きさに比例して、建物が巨大で堅牢化していくのも当然の話であった。


 クズはセレネル王都の傭兵ギルドには何度も来ている。


 流浪の傭兵団で様々な国を旅する失落の飛燕団ではあるが、セレネル王国に滞在たいざいする時間は他国と比べ遙かに長い傾向にある。


 それこそ、設立せつりつ手続き自体を行ったのがセイムス王国のギルドである。


 苦しい時に救って貰ったこともあるし、融通ゆうづうもしてくれる。


 クズにとってセレネル王国は居心地いごこち金回かねまわりもよい地だった。


「よう、受付の姉ちゃん久しぶり。ギルバートだ」


 ギルドの建物内部に入ったクズは、顔見知りの受付嬢に対して陽気ようきに名乗った。


「――あ! お久しぶりですねクズさん! 元気にしてましたか?」

「……あのさ、確かに俺はクズって言われるけど、クズさんはおかしくない? ギルさんとか色々呼び方はあると思うんだけど」


「クズさんはクズさんですから!」


 キラキラした微笑みで受付嬢はそう返す。


 一切の悪意無き微笑みに対し、クズは苦笑し頭をボリボリいた。


 もうすっかり通り名として定着し、最近ではどこの村にあるギルド支部に行っても『クズ』という名で呼ばれる。


 今更いまさら軌道修正きどうしゅうせいを図っても焼け石に水であった。


「まあいいや。それでさ、高報酬で安全なクエストを受けたいんだよね」


「失落の飛燕団に、ですね。……失落の飛燕団はギルドランクⅤですから、国やギルド全体が斡旋あっせんするような大きなクエストは受けられませんが」


「ああ、大丈夫。それは分かってる。民間からの依頼でいいんだ。傭兵団としての実績なんてどうでもいいから、報酬と安全性が高いのがいい。何なら実績ポイントとかは低い方が良い」


 失楽の飛燕団のギルドランクは、最上級のⅠから最下級のⅩまであるうちのⅤで、いわゆる中級ランクに位置する。


 これがⅣより上になってくると上級ランクといって、国家やギルドが手を焼いている依頼などを受注出来る。


 ギルドは永世中立えいせいちゅうりつ

 傭兵ギルド、商工ギルド、鍛冶ギルドに娼館ギルドまで――いずれのギルドにおいても例外はない。


 ギルドや傭兵団はどこの国にも属さないため、国家間紛争ふんそう国難こくなんへの支援も含めて平等に依頼を受諾じゅだくする。

 国家の威信いしんに関わるような、責任重大であり遂行難易度すいこうなんいどや危険度が高いクエストが多くなる。


 しかし、その分得られる金額や名誉めいよ、傭兵団としての実績は高くなる。


 ギルドランクを上げるためには、民間のものであっても遂行難易度が高いクエストの成功を重ね、昇級しょうきゅうに必要な実績ポイントを積まなければならない。


 依頼難度なんどごとに何ポイントというのが予め決められており、成功すると加算される。


 失敗すると大きく減算げんさんされる。


 だいたいの傭兵団は稼ぎが良く、安定して仕事を得られやすくなるという利点を求め高ランクを目指す。


 高ランク依頼で名声を得れば、王国の正規兵として雇用されたり王族や貴族から私兵しへいとして雇用されることも珍しくない。


 収入が安定しない傭兵にとっては、喉から手が出るほど求めることである。


 ――基本的には。


 ――だが、失落の飛燕団の方針は違った。



 極力危険な高難易度クエストは受けない。


 ギルドランクは気にせず、自分たちの受けたいクエストのみを受ける。


 常識にしばられないこの自由さこそがクズの方針であり、失落の飛燕団の特色とくしょくでもあった。


 そんな方針でも、設立から三年で上級の一個下、ギルドランクⅤまでランクが上がっている。


 それは極めて高い成功率と、まれに舞い込んだ民間の高難易度クエストをも成功させてしまうが故だ。


 高難易度クエストを受注する理由は今回のような資金難や、依頼背景いらいはいけいを知ったクズの私情による。


 そのため、失落の飛燕団は各国のギルドにおいて実際のランク以上に評価が高い。


 安心して大きな民間クエストを回せる存在であり、傭兵ギルドとしては非常にありがたいのだ。


 だからこそ、クズの噂も蔓延まんえんしている。



 ――曰く、団長が本物のクズだ。

 ――曰く、約束は守るけどクズだ。

 ――曰く、腕があるのにやっぱりクズだ。


 などなど。


「ん~。そうは言われても……。そんなに割の良い依頼は募集を貼り出してすぐ、王都を拠点きょてんにしてる方々が受諾してしまいますから」


「まあ、そうだろうな。――そういえばだが、あんたが前に宴席えんせきで言っていた悩みは解決しといたぜ」


「え? もしかして……私のストーカーになってしまった元傭兵さんの事、ですか!?」


「ああ、以前は俺があんたをストーカーするのに集中しすぎて、逃がしちまったからな」


「本当、怖かったですよ。いきなり悲鳴が聞こえてきて、振り返ればよく知るストーカーさんが腕から血を流して逃げてて。かと思えば新しいストーカーさんが血塗ちまみれの剣を持ちながら、酔っ払って千鳥足ちどりあしでこっちに来るんですもん」


 受付嬢は思い出すように視線を下げて『トラウマものでした』と呟いた。

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