第3話

「着いた……っ。やっとだ」


 クズが眼にしたのは、夕焼けに染まる王都。


 大国の王都に相応しく整然せいぜんとしつつも、大きく立派な建造物けんぞうぶつが立ち並ぶ美しい街並みであった。


 クズがキャンプを出発してから王都に着くまでに要した時間は――なんと一日半。


 馬を駆けさせても丸二日かかるところを、半日短縮して辿たどり着くという荒技あらわざをやってのけた。



 一体、どうやったのか。


 彼は驚くべき野生の勘から危険をかんがみず、街道かいどうを外れ獣道けものみちを通ってきたのだ。


 しかも馬を最低限休ませる時以外はほぼ不眠不休で、である。既に尻は皮膚がめくれれている。


 間違った道を選択しないような驚異的な集中力と判断力。


 そして身体をふるい立たせる根性。


 暗闇の中、危険な道を通る勇気がないと決して達成できないことである。


 一体、何が彼をそうまで突き動かしたか!? どうしてそこまでして早く着こうとしたか!?


 それは遅れて戻ると空腹の団員達に怒られる事に対する面倒くささと――何よりスケベ心である。


 クズは十八歳だ。

 健全な男性であり、女性に興味もある。

 なんなら非常に強くある!


 ――だがしかし、残念なことに彼はまだ童貞である。


 十五歳の頃に義妹と傭兵団を創設し、それ以降は義妹を含め周囲には常に女性がいた。


 周囲には常に女性がいた、という言葉だけを聞くとまるで羨ましいものに感じられる。


 ――だがその女性というのが肉親であったり、大人な関係になる訳にいかない相手ともなれば話は別である。


 家族同然の団員に手を出すわけにも行かない。


 精々せいぜい、先日のように胸を使ってからかわれるだけだ。

 手を出されないと知っているからこその蛮行ばんこう


 娼婦しょうふが傭兵団を訪れても断る。

 傭兵団を訪れる娼婦の多くは、自ら娼館ギルドに登録した時、一つの店舗に縛られない事を希望し各地を回っている者達だ。


 だが、義妹の前で大人な情事にふけるわけにも行かない。


 いくら結婚できる年齢であろうと、そこはゆずれない。


 そして傭兵団が大きな街に入ったときもそうだ。

 義妹は監視しているかのように常に傍にいる。

 そんな中で『ちょっと俺はイってくるからどっか行ってて』などと、義妹や仲間を大切に思う男ができるだろうか。


 いいえ、できません。


 クズは湧き上がる青年――いや、性年の自然な欲望を常に押さえつけなければいけなかったのだ。


 毎日毎日周囲に女性を感じつつも、修行でもしているかのような鋼の精神力と自制心。


 そんなクズが気づいた。


 涙目で馬を駆けている時に、気づいてしまったのだ。


「義妹に見つからず王都で女遊びできるんじゃね? 童貞卒業すればもう動揺しなくなんじゃね!?」


 その天啓てんけいが降りたとも感じる衝撃しょうげきが脳内に響いてから、クズの思考は常にフル回転。


「早く女遊びをせねば! 弱点克服じゃくてんこくふくのため、早く王都に行かないと遊ぶ時間がなくなる!」


 その熱望が――意思の力が! クズに実力以上の力を発揮させた。


 結果、正道せいどうを外れ今まで見つからなかった獣道けものみちれたのだ。


 ――しかし。



「――お姉さんのいる店で、お酒飲みたいなぁ……」


 クズは、いざお店が近づいてくると怖じ気づいてしまった。


 ちなみにこの国の法だと飲酒は十五歳から許可されている。


 一線を越えた大人な関係になれる、そんなサービスを提供している店の前をわざと通る。


「やっぱ、大都市の娼館通りはしっかりしてるよな。ちゃんと娼館ギルド所属の看板がある。ってことは、病気の対策も健康状態も、就労環境しゅうろうかんきょうだって護られてるって事だな。……お互いに良い関係だ」


 娼館ギルドは、娼婦達の人権を守る為に存在する。

 劣悪れつあくな環境を許さず、異常な性癖を持つ者の犠牲になる娼婦をださない為、自警団じけいだんもある。

 当然、傭兵ギルドとの結びつきも深い。


 対して、ギルドに属せない――つまり、本来なら営業を許可されないような闇娼館やみしょうかんもある。

 女性の人権をないがしろにする経営や労働環境の店だ。


 そういった店が摘発てきはつされないのは、主に奴隷どれいを使っているからである。

 現行の国際法上では、『奴隷は人間ではない』とされる。綺麗事ではなく、体の良い労働力を得たいお国様や貴族の都合だろう。

 それはもう当たり前の事として認識され――誰もが奴隷にちないようにと気をつけている。


 娼館ギルドに所属するような娼婦は、強制されて労働している訳ではない。


 他に仕事が無いから、読み書きが苦手だから、短時間で報酬がいいから、金持ちに出会いたいからなど多種多様たしゅたような理由で、自ら娼婦という職を選ぶ。


 つまり娼館ギルドの看板が出されている所は安全で、お互いに笑顔でサービスを受けられる。


 だがしかし、そういったお店やきらびやかなお嬢さんがいるお店というのは――総じて童貞が初めて一人で入るには敷居しきいが高い。

 心理的抵抗に阻まれる。


 あと一歩の勇気が踏み出せないのである。欲望を抑える理性を言い訳で誤魔化そうとすると――。



 ――自由に生きて。


「……ちっ。やっぱ辞めとこう。今は気分じゃないし、まだ踏み出す経験値が足りない」


 かつてある人に言われた『自由に生きて』という言葉が脳内をよぎる。


 自由に生きてと言われた言葉が、かえって彼の『自由』を妨げた。


 特に、その『自由に生きて』と言った人が女性なら尚更なおさらだ。


 思春期のみなぎる性欲さえも止めてしまうだけの力があるのが、過去のトラウマというものだ。


「女を忘れるには、他の女を知ることが一番って傭兵団の奴らも言ってたじゃねぇか。何をウジウジしてんだ俺は……」


 悩めるクズが辿たどり着いた結論は、大人な女性と話しながらお酒を飲むだけの店で、経験値を積むことだった。


 何も最初から高レベルなクエストに挑む必要は無い。


 そこに至る経験を段階的に踏んでから挑むべきだ。


 店は逃げないんだから。


 脳内で自分に言い訳をして、クズはそう結論づけた。


 ゆえにこそ、大人な女性。


 大人な女性と酒を飲みながらお話しをして、温かな包容力ほうようりょくに包まれたい。


 そうすれば、自分にも夜の店にいく大人の余裕と、過去のしがらみからの解放を得られるだろう。


 そのような思考プロセスから、クズは今夜の予定を決めた。


 ――とはいえ、だ。


 一人の夜を存分に楽しみ、ゆっくり自由な朝を迎えるには、仕事に追われていてはならない。


 まずは仕事を片付けて、それからぱーっとのんびり遊んでしまおう。


「そういや、王都に来たらやらねぇとって思ってたことが一つあったな。――ウンディーネ。探せるか?」


 水の大精霊であるウンディーネを易々やすやす顕界げんかいさせ、クズはたずねる。


 ――余裕じゃ。人間の身体は半分以上が水分。提供された血から、既に居場所は割り出してある。


「さすが、良い仕事をしてますねぇ。――んじゃ、野暮用やぼようを済ませに行くか」


 クズは一件の野暮用をすんなり片付けると、傭兵ギルドへ向かった――。

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